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「惚れた」宣言からというもの、陽太のシフトの日には必ずあの男子高生、栗橋がお店に現れるようになった。
彼は熱烈なアプローチなどはなくいつも淡々としていて、陽太が品出しをしていれば、その様子をしばらく眺めてみたり商品について質問してみたりし、レジに立っていれば、買い物をして商品やお釣りを受け取るときにそっと手に触れるぐらいのスキンシップをしてくる。
セクハラ、というほどのものではないけれども、告白されているから気にしてしまう、という程度の微妙な触れ方だ。
店が比較的空いているときには、ボソボソとぶっきらぼうに世間話もしてくる。
世間話と言っても、主に陽太に関する質問タイムだが。
「本宮サンて出身どこ?」
「東京…です、けど」
相手が年下だろうと、一応お客様はお客様だ。
敬語を使うべきなんだろうな、と語尾を一応丁寧にする。
「そんな感じする…なんか、上品っつーかなんつーか、イチイチ仕草とかが洗練されてるっつか、東京の人って感じ」
じゃあさ、と彼は少しだけ、その淡々とした表情を崩した。
キラリと光った瞳の中に、好奇心とも嫉妬心とも、或いは他の複雑な何ともつかない感情がかすかに揺らめく。
「……あのオッサンも、東京から一緒?」
陽太は、少し慎重に言葉を選んだ。
「それはプライベートなことなので、秘密、です」
「ああ、まあ、そっか…」
一瞬見せた感情の色を引っ込めて、いつもどおり淡々とそう呟く栗橋は、それ以上しつこく追及することもなくあっさり引き下がる。
そうかと思えばまた別の日には。
「本宮サンて何学部なの?」
「獣医学部…です、けど」
「へえ、なんか意外……本宮サン、文系っぽいけど理系なんだ」
栗橋はお店に来るとき、いつも感情のわかりにくい無愛想さを全身に貼り付けているけれども、そういうふうに陽太に関する質問に答えを貰うと、少しだけ、感情の動きを表面に浮かび上がらせた。
「数学とか教えて貰えたらサイコーだけどな…俺苦手だから」
「俺も、数学は結構無理して頑張った派だから、教えられるほどじゃない、です」
陽太はそう答えながら、俺の場合は先生がよかったからなあ、と鷹城と一緒にした受験勉強を思い出す。
これができたらご褒美、な?
これができなかったら…Uh-huh,お仕置き、か?
どちらにしろ、最後にはちょっといやらしいスキンシップが待っていたような。
だけど、鷹城はとても教え方が上手かったし、耳に心地いいあの声でされる説明は、すんなりと頭に入ってきてしっかり記憶に留まったから。
だから、陽太は今こうして希望の大学の希望の学部に通えているわけだ。
「栗橋君は何年生なの?」
うっかりタメ口になってしまったけれども、栗橋は少し口角を上げて笑ったようだ。
タメ口のほうが嬉しいのかもしれない。
「一応、これでも受験セーだったりすんだよな」
そう言って彼は、背中のギターケースをどこかいとおしそうにポンと叩いた。
「だから、ホントはこんなことやってる場合じゃないのはわかってんだけど」
彼は、音楽を愛しているようだ。
ギターに触れただけで、いつも無愛想な顔がほんのり和らいで、どこか嬉しそうにさえ見える。
そういうところは、鷹城とも通じるのではないか。
なんとなく、陽太はそんなふうに思った。
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