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Oriental Blueのアオイが札幌の小さなライブハウスに現れた、というのは、次の日の全国ニュースやワイドショーでこぞって流れるほど話題になってしまった。 更に、アオイが飛び入り参加した高校生バンド、つまり栗橋のバンドにも取材が殺到したらしい。 いくつかのワイドショーで、彼らの特集が組まれたりして、一気に時の人となってしまった。 テレビに映っても、栗橋は相変わらず仏頂面のぶっきらぼうで、他のメンバーが喋るに任せて後ろに引っ込んでいるだけだったが、そこがクールでカッコイイ、と彼の人気は鰻登りのようだ。 あのライブの後、そういう取材やら、いくつかの芸能事務所から声をかけられたりして忙しくなっているらしいが、それでも栗橋は相変わらず、陽太のシフトの入っている日には店に姿を現していた。 今までと違うのは、彼が色んな人に声をかけられて、握手を求められたり写真を撮らせてとお願いされたり、すっかり有名人のようになってしまったということだ。 栗橋自身は、周りが彼を見る目が変わっても、いつも変わらない淡々とした態度を保っていて。 周りの熱狂ぶりをどこか冷めた視線で客観的に捕らえている彼は、高校生にしては随分大人びているようにも見えた。 それでも、陽太と話すときには、あのライブの日のことを、アオイが飛び入りするなんてスゲェ興奮した、といつになく嬉しそうに言ったり、その後の騒動のことを、実力で認められたというよりは話題性だけで持ち上げられても嬉しくない、とポツリと漏らしたり。 本音のようなものを垣間見せるようになっていた。 そして、栗橋から、そんなふうに騒動の後日談をちょいちょい聞くことになった陽太は、改めて、Oriental Blueというバンド、或いはアオイという男の影響力を思い知り、なんだか怖くなってしまった。 アオイの持つ影響力と同じぐらい、鷹城にもそういう力が潜在的に眠っている。 今は決して表には出ない鷹城だが、もしも、彼の素性がマスコミにバレたら。 あっという間に、陽太の手の届かないところにいってしまうだろう。 あのオリブルの楽曲を全て作っている天賦の才の持ち主である上に、規格外の容姿まで持つ男だ。 世間が放っておくはずがない。 そうなったら、そんな鷹城の周りの人間にも、少なくない影響をもたらすのだ。 陽太は、小さくため息をつく。 あの日、アオイの歌を久しぶりに生で聴けたのは嬉しかったし、栗橋のバンドの演奏も本家(オリブル)には及ばなくとも、凄くよかったと思う。 一言で言うなら、楽しかった。 でも。 鷹城との距離を、改めて思い知らされたような気がして、あれからずっと、なんとなく気持ちが落ち着かない。 鷹城の腕に抱きしめられて、いつものように甘ったるい愛の言葉をたくさん囁いて貰えば、そんな不安は、少しは遠ざかったのかもしれないけれど。 鷹城は、そのアオイの飛び入りの件で何か事務所のほうから仕事を振られたのか、それとも普通に何かの仕事の締め切りが近いのか、ここしばらくとても忙しそうにしていて、軽いスキンシップは当然のようにあるけれども、二人でゆっくり過ごす時間が全く取れないでいた。 夜も、もちろん同じベッドに寝てはいるのだが、鷹城は、まるで赤ちゃんを寝かしつけるように陽太が寝るまで添い寝してくれた後、自分はベッドを抜け出して何やら仕事をしているようなのだ。 東京にいるときは、鷹城が陽太からかけ離れた世界に生きるひとであることをいつも心に刻んでいたし、いつか離れるときがくるかもしれない、とどこかに覚悟を常に持っていたはずなのに。 東京から遠く離れた地に来て、一緒に住み、人の目を過剰に気にすることなく、まるで普通の恋人同士のように過ごすことに慣れてしまって、鷹城が違う世界のひとだということを、忘れがちになってしまっていたから。 そのひとが隣にいることを、当たり前のように思ってしまうようになったから。 そのひとが失われるかもしれない、いつか離れてしまうかもしれないということが、今はもう、途方もなく、怖い。
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