4.

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カチャ、と静かに玄関のドアが開いた。 早朝というほど早い時間ではないが、まだ朝と言っていい時間だ。 鷹城は、物音を立てないよう静かに玄関を閉じた。 陽太がまだ寝ていたらいけないと思ったのだ。 東京に一緒に行くのは無理、と言われた段階で、本当は日帰りで戻る予定にしたかったのだが、先方にどうしても酒に付き合え、と言われ仕方なく朝一番の便で帰ることにしたのだが。 昨夜、比較的早い時間から、陽太にいくらメッセージを送っても既読にならなくなったので、具合でも悪くて寝てしまったのだろうか?と思って、遠く離れた空の下、いてもたってもいられなかった。 朝、空港からここまで帰る間にも何度も既読がつかないか確認しながら帰ってきたけれども、メッセージはずっと未読のままだった。 実家で飼っていた愛犬のタロウを毎朝散歩に連れていっていたときからの習慣で、朝が早いはずの陽太なのに、まだ起きていないのか。 そう思うと、尚更不安が募るばかりで。 足音を忍ばせるようにして、寝室のドアを開ける。 ドキリとした。 ベッドは、昨日鷹城がベッドメイクしたままで、乱れた様子がない。 もちろん、愛しい恋人の姿もそこにはなかった。 既に起きた陽太が整えたのかもしれない、とも思ったけれども、LINEが未読のままだったことを考えると、やはりそれも違う気がする。 今度ははっきりと胸がざわつく。 玄関に、陽太のスニーカーが脱いであったから、家に帰ってきていない、ということはないと思う。 今日は、一限からの日ではなかったはずだから、別の靴でもう出かけてしまったということもないはずだ。 知らず、早足になって、リビングに向かう。 鷹城が時間や場所を問わず楽器に触ることがあるため、マンションの中は全居室が防音仕様になっている。 そうは言っても、全くと言っていいほど、人のいる気配がしない。 リビングの入口付近に、陽太が働くドラッグストアのレジ袋が、中に何か入ったまま、無造作に放り出されていた。 何かあったのか。 鷹城は、愛しいひとの名前を大声で呼びたくなる。 が、ソファの上に、その小柄な姿を見つけて、慌てて口を閉じた。 そっと近寄ると、そのひとは小さく寝息を立てて眠っている。 昨日、鷹城が出かけるのを見送ってくれたときの服装のままだ。 見た目は特に、熱がありそうな感じでもないし、具合が悪そうということもない。 昨日は単に疲れていて、買い物に行った後、ソファで寝落ちてしまっただけなのか。 鷹城は酷く安堵して、肩の力を抜いた。 しかし彼はすぐに、陽太の頬に涙の跡が残っているのに気づいた。 よく見ると、閉じた瞼の睫毛がまだ濡れている。 泣きながら眠っていたのか。 胸の奥を焼くような、じわじわとした焦りが沸いてきた。 このかけがえのない愛しいひとに、悲しい思いも辛い思いもさせたくない。 たとえそれが夢の中のことでも。 「陽太」 そっと呼びかけてみた。 その、涙の筋が幾つも残る頬に指先で触れる。 頬が冷たい。 初夏とは言え、北海道はまだ夜は冷えるのに、何も掛けずに眠っていたからか。 そのまま目を覚まさないのではないか、と鷹城は背筋がゾッとするような恐怖を覚えた。 が、陽太は、その濡れた睫毛を小さく震わせて、ゆっくりと瞼を開いた。 「ん…たかじょー、さん…?」 泣きながら寝ていたせいで、瞼が重いのか。 目をショボショボとさせながら、鷹城の顔を見ようと瞬きを繰り返す様子が堪らなく可愛い。 鷹城は、その瞼に唇を寄せた。 両方の瞼に、軽くキスを降らせる。 「ただいま、陽太」 彼は、その小柄な恋人を軽々と抱き上げて、自分の膝の上に座らせた。 冷えてしまっていそうな身体を、包み込むように抱き締める。 「My precious,Why are you crying?何か悪い夢でも見てた?それとも、俺がいなくてさみしかった?」
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