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陽太は基本、大学の授業が早く終わる火曜と木曜、それに日曜の夜にバイトを入れている。 夕方7時から店を閉める夜11時までの4時間だ。 マンションの目の前が職場のため、夜中まで働いても終電の心配もないし、通勤時間のロスがないのがありがたい。 それでも心配らしい鷹城が、バイトの上がり時間に近くなると買い物ついでに迎えに来るものだから、職場の人たちにはなんとなく二人の関係を感付かれているような気がしなくもない。 いくらドラッグストアだからって、さすがにここでコンドームとかローションとかそういう系の諸々を買うのは止めて下さい、とお願いしたので、そこまで露骨な買い物はしないけれども。 「本宮君、今日もお迎え来てるよー、いやあ、ホント、君の同居人は男から見ても目の保養だねえ…」 店長の野田が、飲料の品出しをしていた陽太を手伝いに来つつ、声をかけてくる。 「彼も大学生…なのかな?学生ならぜひともウチでバイトして貰いたいけど」 女性客が増えそうだからさー、と野田は何やら打算的な視線で、お菓子の棚の前で何やら考え込んでるふうの鷹城を見て言った。 確かに、さっきから女性客がみんな、彼を見て立ち止まったり、連れとつつき合って顔を赤らめながらヒソヒソ話したり、なんとなく色めき立っている。 陽太はちょっと笑う。 「店長と同い年ぐらいかちょっと上ぐらいですよ、学生じゃないですし、仕事もしてますから」 鷹城が女性にモテるのはデフォルトだし、一々ヤキモチを妬いていたらキリがない。 それに、みんながキャアキャア言いたくなる気持ちが、陽太にもよくわかる。 だから、そういう場面に遭遇したとき陽太が抱く感情は、ヤキモチと言うよりは共感に近い。 「あ、そうなの?イケメンの歳はよくわからんし、昼間にもフラッと来店してくれるからさ、てっきり学生なのかと思った」 「在宅勤務の仕事なんです」 そのまま、在宅勤務の社会人と大学生なんてどういう知り合いなのか、と突っ込んで聞かれたらどうしよう?と思ったけれども、店長はそれ以上は追及してこなかった。 それよりも彼の気を引いたのは、鷹城の見事な筋肉質の身体のほうだったらしい。 在宅勤務であのガタイって、やっぱりジムとか通ってんのかな?ムキムキなわけじゃないけど、筋肉の付き方すごくかっこよくて羨ましい、とかなんとか、独り言じみた呟きをブツブツ漏らしている。 それから、腕時計を見てニコリと笑った。 「そろそろ時間だから上がる準備していいよ」 「あ、ハイ」 陽太は、棚に入れきらなかった飲料を片付けて、空いた段ボールを手早く畳む。 だいぶ手際がよくなってきたような気がする。 そんな些細な成長が、ちょっと嬉しい。 チラリと鷹城のいたあたりに視線を投げると、彼もじきに閉店時間だと気づいたのか、いくつかのお菓子の袋を手にレジに並んでいた。 誰も知るはずないけれど、今や国民的バンドとなったOriental Blueの曲を作っている伝説の男が、おとなしくレジに並んで順番を待っている。 しかも、その容姿ときたら、190センチを超える長身にモデルのような均整のとれた体型、アッシュグレーの髪とハーフならではの奇跡の造形なのだから、その光景は最早違和感しかない。 それもこれも全部、これと言って秀でているところがあるわけでもない平凡な大学生の陽太がそうさせているのだ。 そもそも鷹城が札幌に引越してきたのだって、陽太と離れたくないという、ただそれだけの理由だ。 これで本当にいいのかな、と時々無性に怖くなるのは仕方ないと思う。 本来なら、全然別の世界に生きるひとだ。 そのひとに、これ以上ないぐらい愛されているのはよくわかっている。 言葉でも態度でも、鷹城は愛を伝えることを惜しまないから。 そして、自分も、もうそのひとのいない人生なんて考えられないほど、彼を愛している。 息をするように自然に、彼の存在が隣にいることが当たり前になっているほどに。 でも、それでも。 だからこそ、か。 どうしても、ふと、無性に怖くなるのだ。
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