膀胱が膨らんでいる

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膀胱が膨らんでいる

 決まって目が覚めるのは、夜中の3時だ。大抵は尿意によるもので、寒くて布団から出たくないともぞもぞと抵抗してみるが、自然の摂理には抗えない。膀胱が膨らんでいる。漏らす、という最悪な結果になる前に、しぶしぶと布団から出て便所へ向かう。 「寝酒するからあかんのや。我慢して、飲まんで寝なさい」  母にもそうよく言われた。寝る前に酒を飲むから、夜中に尿意で起きる。分かってはいるのだが、酒を飲まないとまず寝られない。  その日も、寝る前に缶チューハイを一本開けた。500mlのストロングタイプ。酔いに身を任せて、布団へ潜り込む。ふわふわと揺らぐ意識が心地よく、あっという間に眠りについた。  数年前まで、俺は普通に会社に勤めていた。東京にある印刷会社の営業だ。決まった営業先をまわる仕事だが、それでも周りの体育会系のノリについていけなかった。 「使えねぇなあ」 「気が利かない」 「面白いこと一つも言わないのな」  一つ一つの言葉は小さくても、確実に俺の心を蝕み、崩壊させた。飲みニケーションという、クソみたいな言葉が通る職場で、当時はまだ酒飲みでなかった俺には地獄だった。  入社して三年で胃に穴が開いて、入院した。 「帰ってきて良いんだよぅ」  入院を知らせる電話で、母はそう言ってくれた。自分には帰る場所があると、感じた。俺は会社を退職し田舎へ帰った。  母は俺を東京へ送り出した時と同じ笑顔で迎えてくれた。 「おかえり」  俺はそこで涙を流して、年甲斐もなく母に抱きついた。体は小さくなったが、いくつになっても俺の優しい母ちゃんだった。 「しばらく休んだらええ」  母の言葉に甘えて、俺は休職手当を貰いながら、求職することもなく日がな一日家にいた。そして、自分を見つめ直した。  営業なんて、向いてなかった。今度は、自分の好きなことで飯食いてぇなぁ。  そう思って辿り着いたのが、諦めていた小説を書くことだった。
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