傘に寄生する妖精 テルテル

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傘に寄生する妖精 テルテル

e9fc321e-79ad-4ab3-a66b-9cf59859fe29  今日も洋一郎之介は、朝から雨だった為、家を出るのが至極遅れてしまい、もう二時間目も終わろうとしていた頃にようやく重い腰を上げました。  玄関に出て、傘箱から傘を取り出します。 「はあ~。ホントに雨は嫌だよ。雨は……。こんな日は何もかもイヤになる」  渋々、傘を開こうとしましたが、洋一郎之介は前回の雨の日に傘を乾かさないまま畳んでしまっていたので、ビニール面が張り付いてしまい、うまく開きませんでした。無理やり開こうとすると、バリバリと嫌な音がします。 「何だよ、この傘! 不良品! バカ!」  洋一郎之介は癇癪を起こし、ポイッと投げ捨てました。その時、ジャンプ傘のスイッチが入ったのか、ボンッと突然、全開に開きました。すると、投げ捨てた傘の方から甲高い可愛らしい声が聞こえてきました。 「不良品なんかじゃないよ。この傘、良い傘だぜ~!」 「ななな何やつ!」  洋一郎之介が、傘を手に取ってみると、開いた傘の骨組みの先っちょに付いている丸(きっと誰かに刺さらないようにする為のものだね)の先に、てるてる坊主が一つ引っかかっているではありませんか。 「僕はテルテル。傘に寄生する妖精さ。君の傘、とっても居心地がいいよ。何ていうの? ちょっと湿ったような腐ったような、雨に濡れた犬のような臭いが堪んねえ~」  そう言うと、テルテルはハアハアと興奮したような息を漏らしました。 「こんな雨の日は、家に籠ってちゃいけない! もっと濡らして濡らして、濡れまくるんだ! ベイベー!」  テルテルは、洋一郎之介を煽ります。言われた洋一郎之介も、何となく外に出たくなって、雨の中、飛び出しました。 「テルテル! 雨だよ、雨! すごい降ってるぜ!」 「イヤッホー! このままどこまでも行こうぜ、相棒!」  気さくなテルテルに、洋一郎之介は初めて親友ができたような気になって、嬉しくて仕方ありません。  ミュージカルのように振り回したり、傘で空を飛ぶ貴婦人のように小高い塀の上から飛び降りたり、傘で思いつく限りの遊びを繰り返しました。  その都度、テルテルはウフフアハハと盛り上げてくれます。  そして、竹とんぼのように傘をグルグル回すと、テルテルは楽しそうにキャッキャッと笑いました。すると、どういうことでしょう。遠心力のせいなのか、テルテルが何重にも見えてきます。  洋一郎之介が傘を止めて、じっと見ると、なんとテルテルが増えているではありませんか。 「ててて、テルテルが増えてる! 最初のテルテルはどこへ!?」 「何言ってんだい、洋一郎之介。僕がホントのテルテルさ」 「いや、バカ言ってんじゃないよ。俺もテルテルだぜ」 「ワイもテルテルや」 「私もテルテルよ」 「はあはあ。どいういうことだ……テルテル!」  洋一郎之介はテルテルに詰め寄ります。テルテル達は、そんな洋一郎之介にニッコリしたり、困った顔を見せたり、泣いてみせたり、不貞腐れてみたりします。 「まあまあ、洋一郎之介よ。細かいことは気にしちゃいけない。今はこんなに楽しい雨が降って……」  その言葉の途中で、テルテルは目を見開きました。 「ぎゃああ! は、は、は、晴れてる!!!!」 「いやああああ!!!!」 「ぐええええ」 「ちきちょー!」 「お、おい! テルテル! みんな、どうしたって言うんだよ!」  テルテル達の慌てように、洋一郎之介は戸惑いました。  空は、さっきまでの土砂降りが嘘のように晴れ、雲間から明るい太陽の光が降り注いできています。傘を差していた洋一郎之介は全く気付いていなかったのです。 「洋一郎之介……今日はとっても……楽しかったよ……」 「また遊ぼうぜ、相棒……」 「あんさん、元気でな」 「私たちのこと、忘れないでね……」  テルテル達は、切れ切れに最後の力を振り絞って一斉に喋りました。そのせいで、少し聞き取りづらかったとは、さすがの洋一郎之介にも言えませんでした。  太陽光を浴びたテルテル達が、燃え尽きた灰のように消えていくのを、洋一郎之介は最後まで見守っていました。  そのまま洋一郎之介は、一目散に家へ戻り、濡れたままの傘を無理やり留めて、玄関の傘箱の奥にしまい込みました。 「テルテル。もう一度、傘を濡れた犬のような臭いに戻すから、また遊びに来てよね」  今日ほど太陽を憎らしく思ったことはありません。洋一郎之介は、そのまま布団にもぐって、涙で枕を濡らしました。学校に行くことなど、その時の洋一郎之介にはどうでもいいことだったのです。
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