水曜日

10/11
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
「おばあちゃん、ただいま」  窓のそばの介護用ベッドで、おばあちゃんが横になって外を見ている。ガラス窓の向こうの狭い庭には、緑の葉っぱがぼさぼさに生い茂っているだけ。  前にお母さんが茜のお母さんのマネをして、ガーデニングなんてものをやってみたけど、すぐに飽きちゃったみたい。  つまんないだろうな、おばあちゃん。こんな景色ばかり見ていても。 「おばあちゃん。た・だ・い・ま!」  近寄って、耳のそばで言ってみる。おばあちゃんのしわしわな耳たぶが目の前に見える。  おばあちゃんはなんかの動物みたいにゆっくりと首を動かして、細い目でわたしを見た。 「ああ、おかえり。ハナちゃん」  胸の奥の深いところが、ちくりと痛む。 「違うよ。お姉ちゃんじゃないよ、蝶子だよ」 「ああ、チョコちゃんか、おかえり」  おばあちゃんがわたしの前で、くしゃっと顔をゆるめる。  おばあちゃんは最近、わたしとお姉ちゃんの華子(はなこ)を間違える。  大学生のお姉ちゃんは遊びに忙しくて、いつも帰りが遅い。帰ってくるのはおばあちゃんが寝たあと。だからこうやっておばあちゃんに「ただいま」って言うのは、いつもわたしなのに。  転んで骨折して入院してから、ほとんど寝たきりになってしまったおばあちゃん。最近は認知症の症状も出てきて、お母さんはパートを辞め、おばあちゃんの介護をすることになった。  家での介護はとても大変で、週に何日かデイサービスに通っている。だけど時々おばあちゃんはそれを嫌がる。今日もそうだったらしくて、そういう日のお母さんはすごく機嫌が悪い。 「おばあちゃん、どうしてデイサービス行かなかったの?」  おばあちゃんは少し間を置いてからゆっくりと答える。 「あそこは嫌いだよ。行きたくないよ」 「……そっか」  嫌いなところに無理やり行かせるのはかわいそうだ。  わたしは床に座って、おばあちゃんのしわしわの手に触れる。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!