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「おばあちゃん、ただいま」
窓のそばの介護用ベッドで、おばあちゃんが横になって外を見ている。ガラス窓の向こうの狭い庭には、緑の葉っぱがぼさぼさに生い茂っているだけ。
前にお母さんが茜のお母さんのマネをして、ガーデニングなんてものをやってみたけど、すぐに飽きちゃったみたい。
つまんないだろうな、おばあちゃん。こんな景色ばかり見ていても。
「おばあちゃん。た・だ・い・ま!」
近寄って、耳のそばで言ってみる。おばあちゃんのしわしわな耳たぶが目の前に見える。
おばあちゃんはなんかの動物みたいにゆっくりと首を動かして、細い目でわたしを見た。
「ああ、おかえり。ハナちゃん」
胸の奥の深いところが、ちくりと痛む。
「違うよ。お姉ちゃんじゃないよ、蝶子だよ」
「ああ、チョコちゃんか、おかえり」
おばあちゃんがわたしの前で、くしゃっと顔をゆるめる。
おばあちゃんは最近、わたしとお姉ちゃんの華子を間違える。
大学生のお姉ちゃんは遊びに忙しくて、いつも帰りが遅い。帰ってくるのはおばあちゃんが寝たあと。だからこうやっておばあちゃんに「ただいま」って言うのは、いつもわたしなのに。
転んで骨折して入院してから、ほとんど寝たきりになってしまったおばあちゃん。最近は認知症の症状も出てきて、お母さんはパートを辞め、おばあちゃんの介護をすることになった。
家での介護はとても大変で、週に何日かデイサービスに通っている。だけど時々おばあちゃんはそれを嫌がる。今日もそうだったらしくて、そういう日のお母さんはすごく機嫌が悪い。
「おばあちゃん、どうしてデイサービス行かなかったの?」
おばあちゃんは少し間を置いてからゆっくりと答える。
「あそこは嫌いだよ。行きたくないよ」
「……そっか」
嫌いなところに無理やり行かせるのはかわいそうだ。
わたしは床に座って、おばあちゃんのしわしわの手に触れる。
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