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おばあちゃんは今日もベッドに横になっている。
「おばあちゃん」
わたしは襖をそっと閉めて、おばあちゃんに近づく。おばあちゃんはのっそりと首を動かし、わたしを見て頬をゆるめた。
「ああ……ハナちゃん、おかえり」
カチャンとわたしの中で、なにかが割れた音がした。
小学生のころ。ランドセルを背負って家に駆けこむ。お母さんは仕事でいなかったけど、うちにはおばあちゃんがいる。
「チョコちゃん、おかえり」
わたしを呼ぶ、おばあちゃんの声。
わたしの名前をつけてくれたのは、おばあちゃんだった。
『蝶のように美しく育ってほしい』
おばあちゃんの願いどおりになっていなくて申し訳ないけど、わたしはこの名前が好き。
おばあちゃんに「チョコちゃん」って、かわいく呼ばれるのも好きだった。
「おばあちゃん……どうしてよ」
おばあちゃんのそばに近づいて言う。
「どうしてお姉ちゃんと間違えるの? わたしは蝶子だよ! なんでわかんないの!」
言葉が、勝手にあふれ出る。
「間違えないでよ! なんで間違えるのよ! なんでなんにもしてないお姉ちゃんと間違えるのよ!」
手を伸ばし、おばあちゃんの細い肩を揺らす。
わたしはおばあちゃんのそばにいた。前みたいにお手玉ができなくなっても。ベッドに寝たきりになっても。トイレに行けなくなっても。
「なのにどうして、わたしのことわかんないのよ!」
「蝶子!」
いつの間にか入ってきたお母さんが、おばあちゃんの体をゆさゆさ揺すっているわたしを止めた。
おばあちゃんは、はあはあと息をはいている。
「やめなさい! あんたなにしてるのよ!」
わたしは手を止めて、唇を噛む。
おばあちゃんの目が、あてもなく彷徨っている。
おばあちゃんはわたしを見ていない。わたしの顔も、わたしの名前も忘れちゃったんだ。
『もう死ねばいい』
お母さんの言葉はわたしの言葉。わたしだって本当はそう思っていた。
綺麗じゃなくて、お手玉もできなくて、トイレにも行けなくて、子どもみたいにわがままを言うおばあちゃんのこと……わたしはもう見たくなかった。
アンタニハココロガナインダ。
心がないのは永遠だけじゃない。わたしにもないんだ。
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