土曜日

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 のろのろした足どりで自分の部屋に戻ると、ピロンッとスマホの電子音がした。  茜からのメッセージだ。 『ねぇ、いまヒマ? ちょっと出てこない?』  わたしは素早く文字を返す。 『どこにいるの?』 『歩道橋の上』  わたしの頭に、ぽっかり空いたあの空き地が浮かんで見えた。 『いまから行く。わたしも話したいことあるから』  その文字を、わたしは茜へ送った。 「なにやってんのよ。こんなところで」  走って歩道橋の上まで行くと、そこに立っていた茜が笑った。  茜の髪は、朝の光を浴びてつやつやと輝いている。綺麗だなぁって思う。 「うん。ちょっとね」  わたしは茜の隣に並ぶ。そして手すりにもたれて道路を見下ろした。  車は信号で渋滞していて、長い列ができている。 「家にいるとさ、なんかいろいろ考えちゃって」  茜は手すりに背中を当てて、わたしと反対側を向いていた。 「いろいろってなに?」 「いろいろだよ」  わたしは小さく息をはいてつぶやく。 「『死にたいな』とか?」  隣で茜がふっと笑った気がした。 「あのさ、これ、なっちゃんが言ってたんだけど」  わたしは隣の茜に顔を向ける。茜はぼんやりと前を見ている。 「いなくなってもいい人間なんて、この世にはいないんだって」  なっちゃんはわたしにそう言った。  だから茜も、おばあちゃんも、たぶんわたしも……いなくなってもいい人間なんかじゃないんだと思う。  それなのにわたしは思ってしまう。おばあちゃんのこと、もう見たくないって思ってしまう。  黙って聞いていた茜が、小さく笑ってわたしを見た。 「なにそれ。あんたなっちゃんとそんな話してるの?」 「たまたまだよ」 「ふうん」  茜がふわっと髪をなびかせて後ろを向く。  黒くてさらさらな長い髪。わたしはまた、うらやましいなと思う。  永遠の茶色くてやわらかそうな髪も欲しいけど、茜のまっすぐな黒髪も欲しい。  すると茜の唇が静かに動いた。
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