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恋人を作る
「卓司も恋人の一人くらい作ったらいいのに」
僕の目の前で、すっかり出来上がった様子の輝明が必要以上に身振り手振りを加えながら言った。
「俺なんて三人も作ったぞ?」
アルコールで真っ赤な顔に、ヤニで汚れた黄色い歯。こいつのことは嫌いじゃないが、こいつが酒を飲んだ時の絡み方は少し嫌いだ。
「僕はお前みたいに軽く考えてないんだよ」
テーブルに置かれた湯通しされたホルモンをポン酢でびちゃびちゃに浸した料理を箸で集めながら言った。輝明は、僕が露骨に疎ましいという感情を表に出しても気付かないのだ。だからもう諦めている。
「マジメすぎるんだよ。先のことなんて考えたって仕方ないだろ」
「輝明はマジメじゃなさすぎだ」
ほとんどネギの塊を口に運び、咀嚼した。安っぽいが、別に不味いというほどではない。
「でもよ、欲しいとは思ってるんだろ?」
「まぁね」
じゃあ、と言ってから輝明はビールを飲み干す。
「作るしかねぇじゃん」
傷みきった金髪を見ていると、自分と彼が同い年だということを忘れそうになる。大学時代にバイト先で知り合ってから、随分と時間が経ったように思う。普通に就活をして普通に就職した僕に比べ、彼は荒廃した日々を過ごしている。無論、僕にとってそう見えているだけなのかもしれないが。
「そんなに簡単な話じゃない」
輝明は僕の話を聞いているのかいないのか、通りかかった店員にハイボールを注文した。
「簡単だろ。なんなら俺が用意してやるよ」
最近の若者は――いや、僕も若者の類に入るのだろうが、人との、特に恋人との繋がりを軽視しすぎだ。輝明はそういう若者の悪い部分を凝縮したかのような話ばかりする。一晩で違う女を三人抱いただとか、想像もつかない珍妙なプレイをしただとか、こんな男に付き合わされる女が不憫で仕方がない。
「ていうか、さっきから『作る』だとか『用意』だとか、モノみたいに言うな」
アクセサリー感覚。ありきたりでつまらない表現だが、しっくりくる言葉だ。可愛い、かっこいい恋人がいることがまるで自分のステータスかのように語る奴らは、恋人のことを愛しているのか、それとも第三者に賞賛される自分を愛しているのか、一体どっちなんだ。
「モノみてぇなもんだろ」
最近の若者は――というのも二回目だが、こんな奴ばっかりだ。若者を批判する年配者は好きじゃないが、こればっかりは僕の言い分が正しいだろう。
「じゃ、輝明も『モノみてぇなもん』だな」
「それは違ぇよ。だって、あの女たちはみんな俺が作った『モノ』なんだから」
それが間違っていると言っているのだ。反論するのも面倒だが、こんなことが当たり前になっている事実が腹立たしくて仕方がない。
「作ったモノだとしたら恋人って呼ぶのも変な話だと思うけど」
『そういう目的』で都合よく作られ、付き合わされる彼女らが、不憫で仕方がない。
「ともかく、輝明みたいに金もないし今の僕にはいらないよ」
運ばれてきたハイボールを一気に三分の一ほど飲み干して、机に音を立てておいて彼は笑う。
「金がないなら出してやるよ。作ってみていらなければ溶かせばいいんだし」
ふ、と溜息と自嘲が混合された空気が口の端から漏れた。
僕も昔、恋人を作ったことがある。結論から言うと、うまくいかなかった。流行する以前は今のような簡単なキットも販売しておらず、制作方法も複雑だった。材料を自分で買い集め、インターネットの動画を見ながら作ってみたものの、生まれたのは異形の何かだった。淀んだ灰色で歪な形のそれは、会話すらもできないまま呻き声だけを上げていた。体温と感触だけが人間そっくりで、左右で長さの違う腕のような部位の先端、おそらく手であろう部分に触れると、しっとりと湿っていた。いきなり生み出されたことに関して、恐怖していたのだろう。不規則なテンポで「じぃ、じ、じ、じゅぅ」と泣いている様子のそれは、余命が近付いた蝉によく似ていた。
風呂場で溶解液に漬けて殺したとき、この技術は間違っていると確信した。
若者を中心に人間作りが流行り始めたのはその後だ。有名な女優やアイドルを作れると謳った制作キットが量販店で販売されるようになり、多くの人が購入し、作り出し、一通り遊んだあと、溶かして殺した。
時代によって様々な流行が訪れる。そしてすぐに通り過ぎていく。この流行が通り過ぎることを僕は望んでいる。
そして、この戦争が始まったのはつい最近だ。兵士として戦場に行くのは『彼ら』だからか、僕たちの生活はそんなに変わっていない。
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