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第2話 予言ティラミス
私は難しい選択を迫られていた。
ガトーショコラか、ティラミスか。
「決まったかね? 博士」
艦長が言った。彼女はいつも決めるのがはやい。
「ちなみに、艦長殿はどれになさるので?」
「ティラミス」
艦長は即答した。
「わかる! そうなのですよ。このお店はガトーショコラが人気だけど、今の気分はティラミスなのです!」
「だよね。ランチけっこうボリュームあったし。濃厚なガトーショコラは、いささか重いというか」
「そう! そうなのです! 正直まだお腹いっぱい。でも甘いものは食べたい。ティラミスくらいがちょうどいいのです」
私は激しく同意した。
「だよねえ。カフェに入る前は、コーヒーだけでいいや、と思うんだけど、デザートメニューを見たが最後、何か注文せずにはいられない」
「そう! まさに、そう!」
「それに、あとで小腹すいたらガトーショコラも頼めばいいかと思って」
「え?」
私は同意しかねた。
「じゃ、ティラミス2つでいっか。すみませーん、注文いいですか?」
艦長が手をあげて店員を呼んだ。
私はそのすらりと伸びた美しい腕を見つめた。
おかしい。
いつも同じように甘いものを食べているのに、なぜか艦長には脂肪がつかず、私だけが肥え太る。むしろ私より大食いのはずなのに、艦長は少しもプロポーションを崩さない。
私はこのあと晩御飯をサラダだけで済ませ、なおかつ明日もヨガで汗を流して、どうにか標準体型を維持できるが、艦長はこの数時間後に平気で豚骨ラーメンを掻っ食らう女である。
なぜだ。
この不条理、解せぬ。
ほどなくしてティラミスが運ばれてきた。茶色とクリーム色の層をなした断面が、ぷるぷると震えながらテーブルに着地した。その繊細な振動は、はやく食べてと言わんばかりだった。
口に入れた瞬間、なめらかなマスカルポーネが舌の上でとろけて、芳醇なエスプレッソの風味と絡み合った。
「とろける、とろけるよぅ」
私は感激のあまり目をつむった。
「これだ、これを求めていた」
艦長もうっとりとして頬に手を当てた。そのほっそりとした長い指の先に、銀河を思わせる暗青色の爪が光っていた。
「艦長のそのネイル、良いデザインですな。宇宙の息吹を感じます」
「そうだろう。吾輩も気に入っているのだ。ギャラクシーネイルというらしい。見たまえ、この中指を。キラーン、オリオン座だ」
「な、なんと……! 可愛すぎるんですけど」
「我々にぴったりだと思わないか? 貴殿にも紹介しよう。ちょうど紹介チケットをもらったところだ」
「素晴らしい。ぜひお願いいたします」
私は胸をはずませて言ったあと、はっと思い出した。
「そういえばっ!」
と、カバンから携帯を取り出した。
「見てください! 今月の某の運勢! ここ、ラッキーアイテムが、なんとギャラクシーネイル! はじめ見たときは『ギャラクシーネイルって何じゃい』って思ったけど、まさか艦長から紹介されようとは。すごい……これが運命の巡り合わせというものか……」
私は戦慄に近い感動を覚えた。
「なんだ、博士。貴殿は占いなんて信じているのか。科学者が聞いて呆れるな」
「え……」
私は軽くショックを受けた。
「いや、しかし……非科学的なものを安易に否定するのではなく、むしろ積極的に信じて楽しんでいこうというのが我々の基本スタンスのはずでは……」
「非科学的なもの、と言っても、いろいろ種類があるだろう。吾輩は、エセ科学、疑似科学、空想科学は大好物だが、占いとか、運命の赤い糸とか、そういう乙女チックなやつは、どうも感情的というか、非論理的な感じがして、受け付けんのだよ」
艦長はクールに言ってのけた。
「いやでも、艦長殿だって予言は信じてるじゃありませんか。『マヤの予言』だって本気でビビってたじゃないですか。なぜ予言は良くて占いはダメなんです? 科学的根拠という意味では、同じくらいフワッとしていますぞ」
「いやだって、それは、ほら……」艦長の目が泳いだ。「予言はなんか、こう、スケールが大きいし……ロマンがあるじゃん」
「…………」
ロマンって。
めっちゃ感情的なこと言いだした。
「いや確かに、吾輩もマヤの予言は信じていた。というか、今も信じている。『2012年に世界が滅びる』という解釈が違っただけで、外れたわけではないと思っている。マヤの予言だけでなく、ノストラダムスの大予言だって、解釈が間違っていただけで、まだ終わってないと思っているし、ファティマ第三の予言にしても、バチカンの公開した内容は嘘で、絶対にもっと恐ろしい内容が封印されていると思っている」
艦長は真面目な顔で言った。
「わかってるよ。ようは解釈の問題だって。占いにしても、予言にしても、受け取る側しだいでどんなことにも当てはめられるし、こじつけようと思えば、いくらでもこじつけられるって。でも、なんだろうな……なんか違うんだよ、占いと予言は。予言には、こう、人の好奇心を刺激するようなロマンが生まれる余地があるが、占いにはそれがない。ほら、なんとなくわかるだろう、博士?」
艦長が訴えるような目で私を見た。
「すみません……わかりません」
私は素直に謝った。
「いや、貴殿ならわかってくれるよ、きっと。ほら、例えば、有名なノストラダムスの予言を思い出してみてくれ。
1999年 7の月
空から恐怖の大王が来るだろう
アンゴルモワの大王を蘇らせ
マルスの前後に首尾よく支配するために
この暗号めいた文句が、じつに想像力を掻き立てると思わないか? あと、ほかにも『王が森を盗み、空が開け、大地は熱で焼け焦げる』なんていうのもある。これはオゾン層の破壊を表していると言われているが、これもじつに詩的で、かつ絶妙な表現だ。それに比べて、星占いはどうだね? ちょっと私の運勢を朗読してくれたまえ」
艦長がそう言うので、私は画面に表示された獅子座の運勢を読み上げた。
「6月は新しいことにチャレンジするのに最適な時期! 新しい趣味や習い事を始めると、隠れた意外な才能を発見できるかも。恋愛運はちょっと下降気味。理想が高くなりすぎて、なかなか条件に合う人が現れません。思い切って人が集まる場所に行ってみて。北西の方角に出会いの予感。ラッキーアイテムは、ゴールドのヘアアクセサリー」
「ほらね? わかる?」
艦長が冷めた目をして言った。
「なるほど……なんとなくわかってきた気がします。でも、ようはニュアンスの問題でしょう。謎めいた雰囲気があるか、ないか。例えば、この星占いをこう言い換えるとどうです?」
私は携帯の文字を読み返した。
「6月に新たな扉を開けば、あなたの秘めた力が呼び覚まされるでしょう。黄金の髪飾りをつけて北西に向かいなさい。きっと運命の人にめぐり逢うことでしょう」
「おお! 何? 急に神秘的になった! ちょっとロマンを感じる!」
艦長の目がきらきらと輝き出した。
「でしょ、でしょ?」
私は得意げに言った。
「じゃあ、博士の運勢は?」
艦長は子供のような生き生きとした表情でたずねた。
「えっと、某はいて座なので――」
たしか、あんまり良いこと書いてなかったような。
「今月はちょっと人間関係で疲れ気味のあなた。人の意見に流されて、自分の本音を見失いがち。たまには一人の時間を大切にしてみて。6月後半は旅行に行くと運気アップ。おすすめは沖縄などの南の島。きれいな海を見て気分をリフレッシュすると、思いがけず悩みが解決する可能性も。恋愛運は順調。勇気を出して少しだけ大胆になれば、相手と急接近できるチャンス! ラッキーアイテムは、ギャラクシーネイル」
うん。やっぱり微妙な運勢だ。
「ふむ。なるほど。では、博士の運勢はこうしよう」
艦長は大きくうなずいた。すごく楽しそうだ。
「汝、水無き月、柵を断ちて、南に旅立つべし。蒼き海にて心を清めしとき、汝の前に道は開かれん。夜の暗黒と星々の光をその爪に宿し、機あらば臆することなかれ」
「待って! カッコイイ! 某の運勢、超カッコイイ」
「でしょ?」
艦長は得意げに言った。
「さすがは艦長殿。某は一生ついて行きます」
私は心からそう言った。
艦長は誇らしげに、ふふっと笑った。
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