3話 母は偉大

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3話 母は偉大

 暗がりの中母さんはお酒を飲みながら、こちらを見据えていた。  俺はそのまま自分の部屋に戻ろうと踵を返す。 「まてまて、どこへ行く」 「たまには、母と会話しなさい」  母さんは軽く酔った口調で自分の向かいにある椅子に座るよう指で合図する。  俺は別に母さんのことが嫌いとかではない、むしろ尊敬しているくらいだが、酔っている場合は別、しかも今は酔い初めの段階これはかなり危険。早々に立ち去ろうとと思っていたが捕まってしまった。  俺はそのまま言われた通り向かいの席に座る。 「なんか久しぶりに会ったきがするねぇ」 「確かに久しぶりかもな」  母さんはシングルマザーで俺達2人を支えてくれている。朝から晩まで仕事で、土日もどちらかは仕事なので、大概会うのは1週間に1度あるかなくらい。  最近はバイトもやってたり、1日中部屋にこもってゲームしてたりするので合わないこともある。  ここ最近は母さんとは3週間は会っていなかった。  そりゃ、久しぶりに感じる。 「最近はちゃんと寝てるか?」 「ぐっすりだよ」  俺は母さんに小突かれる。  痛みよりも擽ったさが勝っている。 「わかりやすい嘘をつくんじゃ〜無い」  俺は小突かれてたとこを抑えながら尋ねる。 「母さんこそちゃんと寝れてるの?」  母さんも俺と同じように眠りが浅い人だ、俺ほどでは無いがクマがある。  おそらく遺伝だろうと、病院に行った時は言われたが、妹の方にはなかったことからその線がかなり濃厚なんだろうなぁと俺は思った(妹は父さん似だから……)  母さんは俺らが小さい頃に離婚している。  父さんは母さんと結婚する前は普通のサラリーマンだったが、結婚後に豹変した。  いきなり会社をやめたかと思えば、母さんに暴力をふるいだし、母さんは逃げるように僕ら2人を連れて引っ越した。  まぁあの頃は俺も小さかったからほとんど記憶にないし、半分以上は母さんから聞いた話だ。妹はまだ知らないが……  酒を呷った後、母さんは苦笑いしながら答える。 「あぁ少なくともお前さんよりは寝てるよ」  母さんは窓から見える夜空を見ながらもの哀しげに頭を下げる。 「本当にごめんな。」  母さんと話すと毎回こんなくだりで始まる。最初の頃は慌ててたけどもうこの歳になるともう焦りは無い。いつも通り無難に返す。 「大丈夫だよ……別にもうずっとこうだから慣れたよ、今更治っても逆に困る。それに母さんのせいじゃない。頭を上げて」 母さんは顔を上げはっと思い出したように話を続ける。 「今日は言いたいことがあったんだけど・・・小学生3年の時のこと覚えてるか?」  母さんは、俺に考える時間を与える為にか新しいお酒を取りに冷蔵庫へ向かう。  ただ、小学3年生か覚えてないな。  再び席に着くと、答え合わせと言わんばかりに俺の前に飲み物を置いてくれた。  トマトジュースか。  缶の蓋を開け、ちびちびとトマトジュースを飲む。うん、うまい。  やっぱりトマトジュースはドロドロのやつじゃないと……俺だけ? 「覚えてないなー」 「流石に覚えてないか。お前達二人のことなんだが」  俺がそのまま話をどうぞとトマトジュースを飲みながら目で促す。 「お前達に習い事のことを聞いただろ?家はそんな裕福じゃないが何か1つくらいやらしてやりたいと思って何かやりたいことが見つかったら私に言うように伝えたはずなんだが覚えてるか?」  あぁその話か、確か俺が3年生の夏休みに家でうだうだしてたら母さんが突然言いだしたんだった。母さんは思い至ったらすぐ行動する人だから。  ただ、俺にはやりたいこととかなかったからなぁ。 「一葉は柔道をやりたいって夏休みの終わりに言ってきたが、お前ときたらなんて言ったか覚えてるか?」  一葉かずはというのは俺の妹の名前だ。ただ、なんて言ったかまで覚えてはいないんだが。  ゲームやりたいとかか?  と呆けてると母さんは呆れたようにうなだれた後、答え合わせをしてくれた。 「俺は習い事する気ないというかやりたいことないから一葉の習い事を1個増やすもしくは柔道の日数を増やしてあげて」 「こう言ったんだ」  そうなのか。うん妹思いの良き兄ではないかパーフェクト回答と言わざるを得ない、過去の自分に賞賛しよう。  そう思いにやけながらトマトジュースを飲んでいると母さんがため息をつきながらビールを呷る。 「あの時はその意見を受け入れたが、何かやりたいとかないのか?今からでも別にいいんだぞ」  うーん今更やりたいことといえばゲームくらいしかないし、自分に嘘ついてやるもんじゃないだろうしね(お金勿体無いし)。  それが顔に出たのか母さんが諦めたように呟く。 「これでも心配してるんだぞ。服だって私が無理やり買い与えるまでずっとすり減るまで使い続けるし、反抗期だってなかった。幼稚園時代だって一葉が早く生まれたからかまってやる時間をあまり取れなかったのにも関わらずさもそれが当たり前かのように、甘えたいそぶりすら見せなかった」 「けんがいたからね」  そう、母さんが言いたことも今となってはよくわかる。ただ幼稚園時代けんと友達になって幼稚園に早く行きたい、けんと遊びたいという思いの方が強かった。  よく幼稚園で母親と別れるのが嫌でなく子供は多いが、俺は逆で帰りたくなくて泣いていたのをはっきりと覚えてる。 「そっか、けんくんには感謝だな。今日もけんくんと出かけてたのか?」  小さく頷くと、片手を頬につけながら母さんは微笑んだ。 「もう少しくらい他にも友達作ったらどうなんだ?小さい頃からけんくんとしか遊んでないじゃない」 「うーん、合うやつがまずけん以外で会ったことないしそれに友達が多いことイコールいいことではないと思うしね」  友達なんて所詮他人、それにいくら友達を作ろうといくら金を持っていようと、いくら人を殺そうと死ぬ時は1人だ。  看取られて死のうと本人以外はその時点では死なないんだから結局のところ1人だ。  だから、そんな多数の人と付き合う必要はないと俺は思っている。  そう答えた時にはすでに母さんは机に突っ伏して寝ていた。  机にはのみ残されたお酒と2本の空き缶が転がっていた。  お酒強くないのに無理するなよ……  母さんは恥ずかしがり屋なのでお酒を飲まないとこうやって対峙して話せない。  俺は母さんを部屋まで連れて行き、そのまま自分の部屋に戻りすぐに寝た。 ♢  ついにこの日が来た。  学校が終わりけんと走って帰り、自分の部屋に荷物を置き玄関で待つ。5分たつとちょうどインターホンがなる、配達の業者さんを自分の部屋まで誘導しブツを置いてもらう。  配達業者さんは、隣の家にも同様の手順で行っていた。  ついに届いたのだCRが。  早速開封し、説明書の手順に従い作業を進める。  意外とゲームを起動させるまでの作業は早く終わり、あとはCRの中に入りゲームを起動するだけだ。  ピコンと電子音がする。俺は端末を覗き、要件を見るそして了解とだけ伝え端末を閉じた。  まずは、CRを起動する。するとブゥンと機械音が鳴り俺はCRの中に入り寝っ転がる。  もう最初の設定の時にスキャンしてあるので、OOPARTSのアイコンをタップし起動させるだけとなる。すると電話マークのアイコンが震える、それをタップすると幼馴染の声が入る。 「遅れてごめんね。設定にとまどちゃって」 「ああ、大丈夫。説明書読んで時間潰してたから」  CRの通話機能である。CR固有のアドレスを知っている相手との通話が可能になる。 「じゃあ、始めますか。準備大丈夫?」 「うん」  OOPARTSのアイコンをタップする、すると起動しますか?Yes or Noと表示される。  俺はYesの方をタップする、すると女性の声が響く。 「OOPARTSオンラインのご購入ありがとうございます。次回からは音声または指をOKサインの形にしてもらえれば勝手にゲームを起動しログインいたします。」 「では、OOPARTSオンラインの世界をお楽しみください」  その音声を最後に俺の意識が薄れていった。
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