歩道橋の上から手を伸ばす君

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学校に行かなくなったのは、たいした理由は無いのだけれど、中2の2学期に東京から転校した僕はクラスに馴染めず、次第に孤立していった。友達もいないし学校に居場所はない。毎日学校に行くふりをして、街をただ徘徊している。帰ったら今日も母さんに叱られるだろう。まあ、いいや義務教育だし。 今日は何故か街の反対側に来てしまった。 ふと空を見上げると歩道橋の上から、僕の中学の制服を着たショートカットの女の子が手を伸ばしていた。 まだ下校時刻ではないはずだけど、あの子も学校に行ってないのかな。 何故かわからないけど僕は気づいたら歩道橋に上がって彼女に話しかけていた。 「君、その制服、◯◯中学?同じだよね?何年生?何組なの?」 彼女は少し哀しそうにはにかんで「内緒!」と言った。 「今日、君もサボり?」 彼女は何も言わずに微笑んだ。 風が急にふいて、彼女がカバンにつけている鈴が「チャリン」と鳴った。 「なにしてたの?いま、歩道橋から手を伸ばしてたみたいに見えた。」 「明日、雨降るよ。それ確かめてた。」 彼女はそう言った。 なんか、不思議な子だな。 「あなたは、学校に行かないの?」 僕は、渋々学校に行けないことや学校に居場所がないことを話した。彼女はただ黙って頷いて聞いてくれた。 「いい場所に連れて行ってあげる」 彼女は突然、僕の手を掴んで走り出した。 女の子と手を繋いだことがない僕は、恥ずかしくて手を離してしまった。 彼女は「ふふっ」と笑って「ついて着て」と言う。僕は俯きながら彼女について行った。その時の僕の顔は多分、真っ赤だったんだろうけど夕焼けのおかげで隠せたと思う。 「此処、来たことある?」 彼女について辿り着いたのは赤い鳥居のある神社だった。こんな所にこんな場所あったんだと初めて知った。 「来て」そう言って彼女はまた僕の手をひいて赤い鳥居をくぐる。 そして境内の階段を進んでいく。 「間に合った。見て、夕日が沈むの、此処が1番キレイなの、私はいつも此処にいるよ」 彼女は嬉しそうにそう言った。 確かに彼女の言う通り丁度夕日が沈むのが見えた。夕焼けのオレンジ色が夜の青に飲まれていく。僕のさっきまで鬱々とした感情が何故か消えて心がスッキリしていく。何故だろう。 彼女は横で微笑んでいる。ひとりじゃない気がした。この子と友達になれるかな。学校に居場所できるかな。そんな気がした。 神社を出て、彼女とたわいもない話をしながらしばらく歩いた。それがとても楽しくて嬉しくて、ずっとこのままこの時間が続けばいいのにと思った。 「明日から僕、学校いくよ。だからさ、また、学校で会えるよね。」 それには答えずに彼女は「彼岸花!」と言って畦道に咲いた赤い花に駆けていった。 「彼岸花ってさ、摘んだらだめなんだよ。」 僕は、なんとなくそんなことをおばあちゃんから聞いた気がした。 「なんで?」彼女は首をかしげる。 「不吉な花だからかな?」 「こんなにきれいなのに」 彼女は優しく赤い花を撫でた。 「そろそろ帰らないと、暗くなってきたし、補導されちゃう」 時刻は21時をまわっていた。 「まだ帰らないで」 彼女は寂しそうにそう呟いた。 「大丈夫だよ。これから毎日学校で会えるんだからさ。明日また話そうよ」 僕がそう言うと彼女は笑った。 「そうだよね。またね。学校に戻れたらいいね」 そう言って彼女は手を振った。 街灯に照らされた彼女はとても美しく神秘的だった。 帰り際に振り返ると彼女はもう居なくなっていた。 僕は次の日から学校に戻った。 彼女の言った通り次の日は雨だった。 学校に居場所は特に無かったけれど、彼女にまた会えるという楽しみがあるのが嬉しかった。 でも、先生に聞いても、他のクラスや他の学年にも彼女を知る人は居なかった。 「あのさ、きみがショートカットの女の子探してる人?」 ある日、下駄箱で知らないクラスの女子に話しかけられた。 「あ、うん。僕だけど。なんか知ってるの?」 彼女は複雑な表情で話し始めた。 彼女はあの赤い鳥居の神社の神主の娘だと言った。そして、彼女もあの女の子を見たことがあるということ。彼女も以前は不登校だった時、あの女の子に会ったという。でもやっぱり学校には居なかった。 神主の父にその事を話すと、あの女の子は神社で祀っているキツネの神様だと言ったそうだ。昔から孤独な子供を見つけると現れて正しい道に歩ませてくれるという。言い伝えがあるらしい、 「まあ、都市伝説的なもんだけどさ、きみもわたしも学校に来れるようになったわけじゃん。だからわたしは信じるかな」 彼女はそう言って笑った。 「あ、わたし2組の◯◯、よろしくね」 そう言って彼女は帰って行った。 帰宅道で彼岸花が咲いていた。 あの時あの子が撫でたように、僕も彼岸花を撫でた。そして自分が泣いてることに気づいたとき「チャリン」とあの子の鈴の音が聴こえた気がして振り返る。もちろん誰も居ないのはわかっている。 後で調べたら彼岸花の花言葉は「悲しい思い出」「再会」の意味があるみたいだ。 悲しい思い出なんかじゃない、僕にとっては。「多分また、会えるよね。」 僕は、空にそう呟く、君に届くように。
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