転生っていいね

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 その男は、裕福な家庭に生まれた。  上級国民というやつだ。  欲しい物を(あて)がわれ、好きな物を食べて暮らす。  何の不自由も無い生活であったが、成長するにつれて不満が募っていった。  自分に無関心な、それでいて体面ばかり気にする両親。  俺は偉いのだ、俺が何でも一番だと(うそぶ)いたところで、回りはニコニコと頷く。  良家の子供を演じることだけを求められた。  反抗期を迎えると、親の言葉にも一々突っ掛かるようになる。  金を持っているのが、偉いのか。  家柄がそんなに大事なのか。  自分はその贅沢を享受しているのだから、耳を貸す者などいない。  ハンガーストライキを真似て引きこもっても、世の中は変わらなかった。  つまらない人生だと思う。  生まれ変わったら、もっと波瀾万丈な冒険がしたい。  生きる実感を味わいたい。  転生願望が、彼の心に芽生える。  ある時は王族に、またある時は市井の一般人に。  猛獣になったり、ミジンコに生まれたり。  ミジンコはやめた方がよいだろうかと、自問する。  さすがに今より酷い人生、いや虫生になるかもしれない。  しかしまあ、そんな時はさっさと魚に食われて、再び転生すればいい。  これもまた一興だと、彼はニヤニヤ想像の翼を広げた。  仮想の世界に生きて、何が悪い。  仮想空間が彼の現実であり、災厄に満ちた外こそ仮想の世界だ。  こんな考えを、他人に向けて発信したのは、気まぐれが成せる(わざ)だろうか。  転生を、VRを、あらゆる性癖を愛する自分を、彼は存分に語った。  まさか、である。  まさか転生ネタが受け入れられ、世に膾炙(かいしゃ)するとは。  彼の名を知らずとも、そのネタを知らぬ者は少ない。  彼こそが転生を生み、仮想空間の本質を看破した始祖。  のちに、釈迦と呼ばれる男だ。  仮想は則ち是、現実なり。  生老病死、一切はラノベ。  南無。
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