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萌と別れてから、昂は直接、薬師の住む薬室兼住居に足を向けた。夜も遅い時間だが、自分の家族に会う前に、空に決意を伝えたかった。
自分で決めた気持ちを大事にしたいと思ったからだ。情けないが、他の人にいろいろ言われるとぐらついてしまうことを、昂は自覚していた。
しかし、行く道の向こうから歩いてくる二人の男を見て、昂は隠れたくなった。信と拓の父親である剛が連れ立って歩いてくる。信と剛は、昂と拓同様、子どものころからつるんでいた間柄である。
夜道だからまだ気づかれてないかと逡巡していると、向こうから野太い声が聞こえてきた。
「よう、悩める青少年」
剛は陽気に片手を上げて、昂を呼んだ。
信が話したのかと思うと、恥ずかしさでうつむいてしまう。
剛は気にせず笑った。
「若いころに悩むのは、俺はいいことだと思うぞ。まぁ、こいつは可愛げなく、なんでもそつなくこなせたから、あんまり悩んでなさそうだったが」
昂の父親をちろりと見る。
「それで、こんな面白みのない男になっただろ?」
剛はたくましい腕を、昂の肩に回した。
「心配するな。お前はいい男になるよ」
「お前、どこに行くんだ?」
信がいつもと変わらない調子で、昂に尋ねた。言いながら、自分たちの来た道を振り返る。
「……空のところか?」
察したように言う信に、昂はゆっくり首を縦に振った。
「俺、外に出て、生業を見つけてくる」
勝手に決めたことを責められるかと思った。そうでなければ、また甘えているとなじられるかと思った。
怯えながらも、自分の決意を示したくて、信の目を睨みつけた。
信がフッと息を漏らした。
笑ったのだと気づいたのは、しばらくしてからだった。
「分かった。行ってこい。きっとお前の力になる」
思いがけない優しい言葉に、昂は信じられないという顔で、信を見つめた。
隣で剛がゲラゲラ笑う。
「見ろよ、昂の驚いた顔。信、父親としては、断然俺の方が勝ってるな」
昂は自分の肩にまわされた、剛の太い腕を見た。
剛の腕には引きつったようなひどい火傷の痕がある。肩や背中はもっとひどい。昔村が焼けてしまった時、大やけどを負ったのだ。生死の境をさまよったが、備わっていた強い生命力のおかげで、一命をとりとめた。
しかし、男性としての機能は、火傷のせいで失われてしまった。
数年後、蘭が昂を産んだ年、剛は狩りの最中、森で赤ん坊を拾った。それが拓だ。
剛と妻の香は、森から貰った幸いの子として、拓を大事に育てた。
その子が大人になって、剛の跡を継ぐ。
「剛、拓が大人になれたってね」
剛の顔がまず驚いて、それから喜びに輝いた。
「そうか!」
剛は思わず、といった感じで声をあげた。
あ、やっぱり、拓の奴、言ってなかったんだ。
嬉しさを隠そうとして歪む剛の顔を見て、昂は心の中で肩をすくめた。
はなまつりでうまくいかなかったことを、ポロリと剛に言ってしまったと拓は嘆いていた。それなら、うまくいったのだと早く知らせてやればいいのにと思うが、過剰に喜ぶであろう剛を想像できるだけに、拓が言いそびれているのも納得できる。
俺が言っちゃってよかったかな。
優しい剛を喜ばせてやりたいと思ってしまったのだ。
「昂、信のいるところで言うなよ」
剛がこそこそと昂に耳打ちする。
信はニヤリと笑って言った。悪魔の微笑み。
「よかったな。互いの息子が無事大人になったということで、祝いに一杯やるか」
「じゃ、俺行くよ」
こそこそと昂は逃げ出す。
信はこのネタで、しばらく剛をつつくだろう。剛のにやけた顔は、昂でも突っ込みたくなった。剛はかなり親バカなのだ。
昂は嬉しくなって、一人笑いながら、薬室への道を駆けていった。
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