Ⅵ 破壊

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「ああ、そういうことか」  信の声に、山の神についての書物を捜索していたナナと隼は、顔を上げた。  本棚をはじめ、部屋を一見しただけでは、山の神に関する書物は見つけられなかった。  仕方なく、三人は本棚に並ぶ本を一冊ずつ、検分していたのだ。  もう、日が昇り、夜が明けつつある。  信は眉を寄せて一冊の書物を読んでいた。 「ピラティウス神話」  太陽神のと言うより、この辺りの土着的な言い伝えや、神話をまとめた書物だ。太陽神信仰本義と異なる部分もあり、昔話として扱われ、信仰とは別ものと考えられていた。 「何が?」  ナナが顔をしかめてそう訊くと、信は書物の一節を読み始めた。  山の神は、男女一対の子どもを産んだ。  しかし女の子どもには目がなく、男の子どもは声を出すことが出来なかった。  山の神が嘆き悲しんでいると、それを見ていた天の神が、女の子どもには目を、男の子どもには声を与えた。  山の神は喜んだが、天の神に貰ったものは地上では力が強すぎ、女の子どもが目を開くと炎で山は焼け、男の子どもが声を出すと、山は揺れ、地滑りが起きた。更に、二人が共鳴すると、地の揺れは風を起こし、炎を巻き上げ、巨大な炎の柱となって、地上を覆いつくした。  山の神は仕方なく、その子らの名前にその力を封じた。  その名は山深くで隠されることとなった。  信が読み終えると、隼が「へっ?」っと、おかしな声を出した。 「つまり、彩とその弟が、山の神の子どもたちって言いたいの?その子らを使って、空はこの国を滅ぼそうとしているって?」  信はそれには答えずに、書物を閉じた。 「昂を大公にしようっていうよりは、筋が通っている。それに……」 「それに?」  今度はナナが首を傾げた。 「あの子たちが生まれたころ。つまり7年ほど前の頃、異常に地震が多かったんだ」 「そんなの……偶然だろ」  そういうナナの声も、不安に揺れていた。 「なぜ、口伝頭(くでんがしら)は二人を村の外に出した?」  信は宙を見つめ、独り言ちる。もはやナナと隼を見ていない。 「なぜ、昂に二人を託した?」  ナナと隼が訊くのを諦めて、信を見ていた。  信は苛立たし気に頭を掻くと、二人を見た。 「それなら、空は豊穣祭を狙うだろうな。人がたくさん集まり、アランをはじめ、王族がそろう」 「でも、燦王女も来るよ」  隼がすかさず言う。  燦王女とその付き人、彩が、ターシャに招かれて、大神殿に向かったという情報は、ナナからすでに得ていた。  空はガザの元隠密であるし、王女とは縁が深い。その王女を巻き込んで、よしとするだろうか。  してほしくない、というのが、隼の本音だった。  信は心底嫌そうな顔をして、吐き捨てるように言った。 「彩を連れて来させるための策か……そうだとしたら、最悪だな」  三人の間に重い空気が漂った。 「どちらにしても始まる」  ナナが壁に上の方にある、小さな明かり取りの窓に目を向けた時、時を告げる大砲が鳴った。 「豊穣祭だ」  ナナが呟くと、信は出口に足を向けた。
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