Ⅵ 破壊

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 舞手(まいて)である巫女が、くるくると文様を描くように回っていく。そこから蔓が伸び、一斉に芽吹き、花が咲き乱れる。 「奉納の舞」は巫女が太陽神に舞を捧げる、豊穣祭ではクライマックスである。  目の前で咲いたかと思った花が、一瞬で散って消えていき、燦はやっとそれが幻覚だったことに気が付いた。「奉納の舞」の力で、本当に草花が豊かに茂るさまが見えたのだ。  燦は感嘆のため息をついた。  白い巨大な神殿の庭は、人で溢れていた。  大神殿に集った人々が、今は一心に舞台で踊るただ一人の舞姫を、見つめている。 「昔はもっとすごかったみたいよ。豊穣祭の時には、神殿を見ることも出来ないほど遠くまで信者が詰めかけて、太陽神に祈ったらしいわ」  舞が始まる前に、ターシャが意気揚々と説明してくれた。人の多さと熱気に驚いた燦に、気をよくしたらしい。  大公一家の並ぶ観覧席で、燦もターシャの隣で、舞を堪能していた。彩も燦の横に席を設けてもらっている。燦と彩の護衛としてついて来た良は、他の兵と一緒に後方に控えていた。  彩は舞が見えないはずだが、真剣な面持ちで、舞台に顔を向けていた。  視えているのかもしれない。 「奉納の舞」は巫女の中でも一番の舞手が舞う。美しい舞は、それだけで力を生む。見えないはずの彩に視えていたとしても、不思議はない。 「昔はね、太陽神しか見てはいけないとされて、白い(とばり)に覆われた中で踊っていたのよ。太陽王である王でさえ、布越しにしか見られなかったの。舞姫はひたすら太陽神に見せる為だけに踊り、最後はその美しい裸体を晒すの。それが感謝の印だったそうよ。わたしたちは、貴方だけのものです、ってね」  ターシャが燦の方に顔を寄せてきて、囁いた。興奮していることを悟られないように、声を押さえているが、その好奇心は目の輝きで、こちらにも伝わって来る。  太陽神と舞姫だけの交信。それはそれで、秘め事という意味も込めて、神秘的だ。 「最近は、儀式というよりは、祭りでの最大の見せ場という感じになっているわ」  舞台の巫女姫はクルクルと回りながら、次第に衣が滑り落ちていった。薄いものを何枚も重ねて着ているらしく、次第に舞姫は細く薄くなっていく。  そのうち薄い衣の下には、舞姫の躰が見えてきた。形の良い乳房が弾み、すっと伸びた足が、汗を散らして舞っている様子は、生命力にあふれ美しかった。  隣の彩が自分の胸に手を当てて、身体を丸めた。  舞に見惚れていた燦が、慌てて彩を覗きこむ。彩は苦しそうに息をしていた。はぁはぁと荒い呼吸を繰り返している。 「どうしたの?」  ターシャの向こう側に座っている大公一家を憚って、燦は小さな声で彩に訊いた。  彩は苦しそうに、より一層体を縮こめた。 「身体が……熱い」  彩の背中に手を置いた燦は驚いた。その身体は熱したように熱かった。 「近くにいる。わたしの名前を呼んでいる……アヤ」  その時、舞を見つめている観衆の一角で、悲鳴が上がった。
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