Ⅵ 破壊

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「くそっ」  肩が焼けるように熱い。だけど、今すぐここから離れなければ。  昂は左肩に刺さった矢の矢羽根の方を折ると、痺れる肩を押さえた。  神殿の入り口で馬を下り、溢れる群衆の波に乗って、この辺りまできた。豊穣祭は始まっているようなので、昂が真っ先に会わなければいけない大公は、人の行く先、つまり祭りの中心にいると思ったのだ。  だがラウル公か、はたまた別の相手か分からないが、どうもこの神殿にも暗殺者が紛れ込んでいるようだった。ねばりつくような視線に、今度は昂の方が先に気が付いた。  だが、この人込みで矢を射かけられるとは思わなかった。  まさに人の波にのまれそうになった時に、左肩に矢を食らったのだ。幸運にも、周りの人間は昂の肩に矢が突き立ったことに、すぐには気が付かなかったようだ。自分の事で精いっぱいなのだろう。  昂はかろうじて声を上げそうになるのを、抑えた。騒ぎになっては困る。  敵は、この群衆の中でも俺を射抜けるほどの、腕を持っている。すぐに次が来る。俺を除きたいのなら、仕留めるまで来るだろう。  動きたかったが、人が多すぎて思うように動けなかった。  焦りばかり募る。ついに、昂の肩に刺さった矢を見て、周りが騒ぎ始めた。  その時、ものすごい圧力と共に声が響いた。 「昂!」  聞いたことがない声だった。だが、なぜか誰の声だか分かった。その声は辺り一帯に響き、そこにいる皆の鼓膜を震わせた。  その音の質量に耐え切れず、人々は耳を押さえてうずくまった。  昂も耳の奥で反響する音に顔をしかめながら、声の主を探す。  その子の声を昂は聞いたことがなかった。だが、その子の声に違いがないと確信があった。 「(そう)?」  その子どもは、男の死体の前で(たたず)んでいた。自分の口を両手でしっかりと塞ぎ、飛び出さんばかりの目で、死体を見ている。  男の死体は、獣にでもずたずたにされたかのように、ひどい有様だった。あらゆるところが裂け、(はらわた)がだらしなくはみ出している。目玉は驚いたように飛び出ていた。  ぼろぼろになってはいるが、その背には背負われた矢筒があり、近くに弓が転がっていた。矢が一本、男の眉間に突き刺さっていた。  恐らく、昂を狙っていた暗殺者だろう。どうして男に矢が刺さっているかは分からないが、昂に追い打ちの一矢を放ったに違いない。  昂がいるところからは、一段高いところに奏はいた。外庭と呼ばれるところだ。  昂は奏に向かって叫んだ。 「奏!」  奏の身体はブルブル震え出した。押さえていた手から、音が漏れ始める。  最初は唸り声に聞こえた。だが、それは次第に声を帯び、世界を震わせ始めた。 「うぅぅぅぅおぉぉぉぉあぁぁぁぁぁ」  (あや)(あや)、どこにいるの?  僕はここにいるよ!  助けて!早く、来て!  僕は、僕……(かなで)は……  世界を壊してしまう。 「(かなで)!」  (さい)は一言そう叫ぶと、椅子を蹴って立ち上がった。驚く燦とターシャには目もくれず、どこかに向かって走り出した。 「待って、彩!」  捕まえようとした燦の手のはるか先を、彩は飛ぶように駆けていった。  どうしてあんなに速く走れるの?  燦は混乱した。目の見えない彩は、歩くことこそこなしていたが、走るところなど見たことがない。  後ろでターシャの息を呑む音が聞こえた。 「目が開いてたわ」  燦が振り向いてターシャを見ると、ターシャは信じられないものを見たような顔で、燦を見つめた。 「あの子の目、開いていたわ。金色の目をしてた」  燦はターシャを見返した。  ターシャの声は重々しく聞こえた。 「初めて見たわ。神の目よ」  不思議な音と共に、地面が揺れ始めた。  ターシャが小さく悲鳴を上げた。  燦はターシャに構わず、彩の後を追って、自らも走り出した。
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