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昂は近づいてくる彩を、身をよじって押しとどめた。
「駄目だ、彩。今、奏に近づいたら」
そう呻くように言う昂に、彩は無表情に目を向けた。
たちまち、昂の顔の周りで炎が爆ぜた。
「昂!」
燦が驚いて叫ぶと、昂はちらっと燦の方を見た。頬が炙られているのにまるで構わず、昂は燦の方へ彩を突き飛ばした。
燦は前に駆け寄って、慌てて彩を受け止めた。彩は燦の腕の中で、気を失っていた。
「何をするの!」
燦が気色ばんで昂に喰いついたが、昂は奏を抱えたまま、あらぬ方向を見ていた。
「これが、あんたの目的か……」
昂が低くそう言ったので、燦も昂の視線の先に目を向けた。
燦たちのいる外庭より、少し小高い場所。
うずくまったり、倒れたりしている人達の中で、一人の男が立って燦たちを見下ろしていた。
「空……」
信じられない気持ちで、燦は呟いた。
「やれやれ。どうして邪魔をするのかな」
そう言いながら、高台から飛び降りてきた空は、燦が見たことのない顔をしていた。
情や迷いを捨てた後の、奇妙な清々しさとでも言おうか。
真っ白な顔。
燦はとっさにそう思った。
「どういうこと?」
燦が不安そうに訊くのを、昂は空を睨みつけたまま、言った。
「この子たちには、不思議な力がある。きっと双子であることも、目や耳が不自由なのも、それを抑えるためのものだ。空はその力を目覚めさせて、使わせようとしている」
そこで昂は言葉を切って、短く息を吸った。
「その力で、この国を滅ぼしたいと思っている」
不思議だった。昂がアランの息子になるはずがないと知っている空が、なぜ昂を使って、この国をかき回そうとしたのか。目的は昂ではなかった。昂の命を危険にさらすことで、一緒にいる奏か彩の力を解放しようとしていたのだ。一人が力を使えば、もう一人も覚醒する。双子とはそういうものだ。
抱きしめている奏は、今でも口を必死に抑えていた。疲弊し半分意識がなくても、必死で耐えていた。本人が苦しくても抑えようとしている時でさえ、こんなに地を揺らしている。それが完全に解放されたらどうなるか。
そしてそこに彩の力が加わったらどうなるか。
「山の神の子だよ、その二人は。神々の山に住む山の民の子として生まれた。山の中ではその力が強すぎて、針森に預けられた。そのうち針森でも扱いきれなくて、お前に託された」
空は何でもない事のように、平らな声でそう言った。
「俺はどうしても、この太陽の国を壊したい。針森を国の都合で焼かれた恨みだと言ったら、しつこいと思うか?」
次第に空の声は重たくなっていった。
「俺だって、忘れようとしたさ。俺の村だけじゃない。よくある話だ。いつまでも引きずるべきじゃない。未来を見ろとな」
空は笑った。自分を嗤っているかのように見えた。
「だが、どうしても消せなかった」
そう言って、空は口を噤んだ。
「そんなことの為に、この子たちをこんな目に合わせたのか!」
昂が叫んだ。
このまま二人が暴走すれば、本人たちも無事ではすむまい。それにもし無傷だったとしても、自分たちの引き起こした惨状に、平気ではいられないだろう。
彩も奏も、普通の子どもだ。
二人と共に過ごした昂には、よく分かっていた。神の力がその身体に宿っていたとしても、二人は人間の子どもだ。その心には、いたわりの心も、傷つく心も持ち合わせている。
嗤ったままの顔で、空は首を傾げた。
「そんなこと?昂でも、そう言うのか」
少し傷ついたような顔をして、それから気を取り直したように、昂を見た。
「ねぇ、二人の名前は彩と奏だって?」
昂が答えないでいると、空は首を横に振った。
「違うよ。彼らの本当の名前はね」
そこから、空の唇がゆっくり動いている錯覚に、昂は陥った。
ゆっくりとその名を紡ぐ。
「彩と奏」
目覚めよ。
空がその名を言った途端、世界が一瞬止まった。
それから、奏の口から異音が吹き出し、昂は弾き飛ばされた。地面が大きく揺れ、石垣が崩れ始める。
後ろからすごい圧力を感じて振り返ると、彩がこちらに突っ込んできた。捕まえようとすると、その金色の目を向けられる。顔が熱くなり、何か焦げる匂いがして、昂は思わず両腕を上げて防いだ。その間にも、彩は奏に近づく。
「奏」
彩の口からその名が聞こえ、口から異音を放ち続ける奏が振り返った。
「彩」
あんなに抑えきれなかった音が一瞬消え、奏は口を閉じて、手を彩に伸ばした。彩がその手を取ろうとした瞬間、彩の肩に手をかける者がいた。
咄嗟に昂が叫ぶ。
「よせっ、燦!」
彩の肩に手をかけて引き戻そうとした燦を、彩と奏はそろって振り返った。二人の力が重なる。
昂はなんとか彩と奏に飛びついて、止めようとした。だが、それより早く、二人の力が天に向かって立ち上った。
火炎の渦だ。
それが燦に襲い掛かる。
間に合わない!
「燦!」
叫んだ昂の目の前を、何かが横切った。
昂はそれを確認すると、燦の方に飛び出しかけた体を引き戻し、破壊神になろうとしている双子に飛びつき、その小さな体を両腕で抱きしめた。
鎮まりたまえ、山の神よ。
だれも貴方を起こしはしない。
帰っておいで、彩と奏。
だれもお前たちを傷つけはしない。
炎の渦はだんだん小さくなっていき、地面をひとなめすると、スーッと消えていった。
後には火に炙られて茶色くなった草地と、地面にひれ伏す人々だけが残された。
あの異音も消えていた。地面の揺れも止まり、何事もなかったかのように、涼やかな風が吹いていた。
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