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「空!」
燦の叫び声で、昂は我に返った。
両腕に抱えていた双子は、意識を失っていた。だが息はしている。
昂は双子をその場にそっと寝かせると、燦の許に駆け寄った。
燦を押し倒す形で、空が燦の上に覆いかぶさっていた。その背中はひどく焼けただれていた。
昂が空の身体を支えてやると、燦が空の下から這い出てきた。空の背中を見ると、口を押えてヒッと息を呑む。
燦の顔は赤くなり、目が吊り上がった。憤怒の形相だ。だが、その目から涙が零れ落ちていた。
「どうして、どうして、わたしを助けたの?わたしは巻き込まれてもかまわなかったから、この国に来させたんじゃないの?」
そう言ったきり、声を上げて泣き始めた。
昂は背中に触らないように気を付けながら、空の身体を起こした。
よく見ると、背中だけでなく、四肢のあちこちを火傷している。
だが、生きていた。
完全に身体は昂に預けたまま、空は薄く目を開けた。体が痛むのか、ひどく顔をしかめた。
しかめたまま腕を伸ばし、燦の頭にその手をのせた。
「死なせるわけがないでしょ。凛の宝物だもの」
そう言われて、燦は泣き顔のまま、空を睨みつけた。
「結局、凛の為ね」
空が何か答える前に、悲鳴に近い声が上がった。
「サン!」
燦はのろのろとそちらに顔を向けた。ターシャとアラン大公、そしてその護衛についていた兵たちが、駆け付けるところだった。
兵たちの中に良の姿も見えた。燦を見つけて、顔面蒼白になっている。王女の許に良が駆けつけるより先に、少女が躊躇することなく、燦に駆け寄った。
ターシャは泣きそうな顔で、燦の身体を検めた。
「大丈夫?何があったの?怪我もしてるし、火傷もしてるわ。一国の王女が何してるのよ!」
最後の方は涙声で、何を言っているのか分からなかった。
燦は苦笑して、小さな友人の頭を撫でた。
「大丈夫よ、ターシャ。傷も火傷もたいしたことない。あの人が庇ってくれたから」
燦に指し示されて、ターシャは初めて、空と昂の存在に気が付いた。
空の顔を見て、ターシャが驚きに目を見張る。
「あなた……クロウじゃない?」
「お前、ガザ国の空という隠密だな」
ターシャの驚きの声にかぶせるように、後ろの方から声が響いた。
ターシャが驚いて振り返る。
娘たちを見守っていた大公は、一歩前に出た。厳しい顔で一同を見まわす。
「何が起きた? この惨状はなぜ起こった?」
「違いますよ」
空は荒い息の下で、絞り出すように声を出した。
「俺は、針森の薬師、空です」
針森と聞いて、アランのこめかみがピクリと動いた。なおも、空は続ける。
「覚えておいでですか?二十数年前の事。針森の村がこの国の為に、焼かれたことを。ちょうどこんなふうに」
外庭の地面は焼け、草花は茶色くなっている。美しかった景色は、あの一瞬の炎でも、様変わりしてしまった。
針森の村も、一晩で燃えてしまった。
「許せないのか?」
大公は短く訊いた。
「はい」
空も短く答えた。
大公はしばらく目を閉じていたが、やがて開くと、決心したようにしゃべりだした。
「お前は、この国のしたことが許せないという。それはそうだろう。だが、この国の民も同じことだ。お前がこの国に同じことをすれば、この国の者はお前を決して許さない」
そこで言葉を切ると、アランはまっすぐ空を見た。
「わたしもだ。たとえ、お前の国を焼いたのがわたしの咎であっても、この国が焼かれれば、わたしはお前を許さない」
空はフッと笑った。
「咎ね」
そう呟くと、やおら立ち上がろうとした。昂が慌てて支える。
「どこへ行く?」
アランが静かに聞いた。
「帰ります。火傷もひどいですし」
空は当然のことのように言った。言葉はかすれているが、少し笑っているように昂には聞こえた。
「自然発火ですよ。地面も揺れていたし、大気がおかしかった。ここは神の領域ですからね。何が起きてもおかしくない」
そう言い終わると、急に空の身体の力が抜けた。昂は慌てて支え、思わず空の背中を触ってしまった。ズルッとした感触にぞっとする。だいぶひどい。
空は意識を失っていた。
「医療班が来る。彼らに任せよう」
アランはそう言って、今度は昂を見た。
昂もアランを見返す。
金色のまっすぐな髪。気の強そうな上がり気味の目。それに反するような優しい口元。
アウローラ公国大公、アウローラ。
「名は何という?」
大公に訊かれて、昂は頭に巻いていた布を取り、背筋を伸ばした。
「針森の石師信、織師蘭の息子、昂と申します」
アランはしばらく何も言わず、じっと昂の顔を見ていた。
昂もまっすぐアランを見つめる。
「そうか……それが答えか」
呪縛が解けたように、アランはそう呟くと、くるりと踵を返した。
入れ替わりに医療班が到着する。
空と燦、それに彩と奏を医療班に託し、昂が一息つくと、医療班として来た女が、怪訝な顔で昂を見ていた。
「何しているんですか?あなたも来てください」
「え?俺?」
面食らって、昂が自分を指さすと、女は呆れたように昂の左肩を指さした。
「何言ってるんですか、あなたが一番重症ですよ。左肩が腐って、腕ごと落とさなきゃならなくなりますよ!」
女に脅されて、昂の左肩はズキズキとまた痛み始めた。
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