Ⅵ 破壊

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「空!」  燦の叫び声で、昂は我に返った。  両腕に抱えていた双子は、意識を失っていた。だが息はしている。  昂は双子をその場にそっと寝かせると、燦の許に駆け寄った。  燦を押し倒す形で、空が燦の上に覆いかぶさっていた。その背中はひどく焼けただれていた。  昂が空の身体を支えてやると、燦が空の下から這い出てきた。空の背中を見ると、口を押えてヒッと息を呑む。  燦の顔は赤くなり、目が吊り上がった。憤怒の形相だ。だが、その目から涙が零れ落ちていた。 「どうして、どうして、わたしを助けたの?わたしは巻き込まれてもかまわなかったから、この国に来させたんじゃないの?」  そう言ったきり、声を上げて泣き始めた。  昂は背中に触らないように気を付けながら、空の身体を起こした。  よく見ると、背中だけでなく、四肢のあちこちを火傷している。  だが、生きていた。  完全に身体は昂に預けたまま、空は薄く目を開けた。体が痛むのか、ひどく顔をしかめた。  しかめたまま腕を伸ばし、燦の頭にその手をのせた。 「死なせるわけがないでしょ。凛の宝物だもの」  そう言われて、燦は泣き顔のまま、空を睨みつけた。 「結局、凛の為ね」  空が何か答える前に、悲鳴に近い声が上がった。 「サン!」  燦はのろのろとそちらに顔を向けた。ターシャとアラン大公、そしてその護衛についていた兵たちが、駆け付けるところだった。  兵たちの中に(りょう)の姿も見えた。燦を見つけて、顔面蒼白になっている。王女の許に良が駆けつけるより先に、少女が躊躇することなく、燦に駆け寄った。  ターシャは泣きそうな顔で、燦の身体を検めた。 「大丈夫?何があったの?怪我もしてるし、火傷もしてるわ。一国の王女が何してるのよ!」  最後の方は涙声で、何を言っているのか分からなかった。  燦は苦笑して、小さな友人の頭を撫でた。 「大丈夫よ、ターシャ。傷も火傷もたいしたことない。あの人が庇ってくれたから」  燦に指し示されて、ターシャは初めて、空と昂の存在に気が付いた。  空の顔を見て、ターシャが驚きに目を見張る。 「あなた……クロウじゃない?」 「お前、ガザ国の空という隠密だな」  ターシャの驚きの声にかぶせるように、後ろの方から声が響いた。  ターシャが驚いて振り返る。  娘たちを見守っていた大公は、一歩前に出た。厳しい顔で一同を見まわす。 「何が起きた? この惨状はなぜ起こった?」 「違いますよ」  空は荒い息の下で、絞り出すように声を出した。 「俺は、針森の薬師、空です」  針森と聞いて、アランのこめかみがピクリと動いた。なおも、空は続ける。 「覚えておいでですか?二十数年前の事。針森の村がこの国の為に、焼かれたことを。ちょうどこんなふうに」  外庭の地面は焼け、草花は茶色くなっている。美しかった景色は、あの一瞬の炎でも、様変わりしてしまった。  針森の村も、一晩で燃えてしまった。 「許せないのか?」  大公は短く訊いた。 「はい」  空も短く答えた。  大公はしばらく目を閉じていたが、やがて開くと、決心したようにしゃべりだした。 「お前は、この国のしたことが許せないという。それはそうだろう。だが、この国の民も同じことだ。お前がこの国に同じことをすれば、この国の者はお前を決して許さない」  そこで言葉を切ると、アランはまっすぐ空を見た。 「わたしもだ。たとえ、お前の国を焼いたのがわたしの(とが)であっても、この国が焼かれれば、わたしはお前を許さない」 空はフッと笑った。 「咎ね」  そう呟くと、やおら立ち上がろうとした。昂が慌てて支える。 「どこへ行く?」  アランが静かに聞いた。 「帰ります。火傷もひどいですし」  空は当然のことのように言った。言葉はかすれているが、少し笑っているように昂には聞こえた。 「自然発火ですよ。地面も揺れていたし、大気がおかしかった。ここは神の領域ですからね。何が起きてもおかしくない」  そう言い終わると、急に空の身体の力が抜けた。昂は慌てて支え、思わず空の背中を触ってしまった。ズルッとした感触にぞっとする。だいぶひどい。  空は意識を失っていた。 「医療班が来る。彼らに任せよう」  アランはそう言って、今度は昂を見た。  昂もアランを見返す。  金色のまっすぐな髪。気の強そうな上がり気味の目。それに反するような優しい口元。  アウローラ公国大公、アウローラ。 「名は何という?」  大公に訊かれて、昂は頭に巻いていた布を取り、背筋を伸ばした。 「針森の石師(せきし)信、織師(おりし)蘭の息子、昂と申します」  アランはしばらく何も言わず、じっと昂の顔を見ていた。  昂もまっすぐアランを見つめる。 「そうか……それが答えか」  呪縛が解けたように、アランはそう呟くと、くるりと踵を返した。  入れ替わりに医療班が到着する。  空と燦、それに彩と奏を医療班に託し、昂が一息つくと、医療班として来た女が、怪訝な顔で昂を見ていた。 「何しているんですか?あなたも来てください」 「え?俺?」  面食らって、昂が自分を指さすと、女は呆れたように昂の左肩を指さした。 「何言ってるんですか、あなたが一番重症ですよ。左肩が腐って、腕ごと落とさなきゃならなくなりますよ!」  女に脅されて、昂の左肩はズキズキとまた痛み始めた。
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