エピローグ

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「あんた、そんなことしたらねぇ、炎王か(かい)あたりに、すぐ殺されちゃうわよ」  蘭にそう言われて、昂はたちまち情けない顔になる。 「えぇっ。それじゃあ、どうやって気持ちを伝えればいいんだよ!」  昂の言い分に、蘭は涼しい顔で答えた。 「言葉よ。心を込めて愛の言葉を贈るの」  蘭の言葉の嘘くささに、昂は鼻白む。 「ガザや公国は、契ることに対して複雑だからな。軽い気持ちで抱くもんじゃない」  信が訳知り顔で言う。たちまち昂は反発した。 「軽い気持ちじゃない!」  そんな息子を、信は笑い出しそうな顔で見ていた。 「じゃあ、そう言えばいい。契って、あの国の王になれ」 「そんなんじゃ……」  昂は頭を抱えた。 「燦を見ていると、何かしてやりたい、守ってやりたい、一緒にいてやりたいと思うんだ。結婚して、一緒に国を支えたいわけじゃない。あいつがあいつでいられるようにしてやりたいだけなんだ。それじゃ駄目なのかな」 「駄目だね」  そう言ったのは、信ではなく、なぜか信と一緒に針森の村に来た、隼だった。  以来、昂の家族のところに入り浸っている。 「なんで、あんたがいるんだよ!」  今更な疑問をぶつける昂に、隼は真面目な顔で応じた。 「仕事。凛様への現状報告」 「じゃあ、もういいだろ。早くガザに帰れよ」  そういう昂に、隼はふふんと鼻を鳴らした。 「姫さまへの不穏な動きあり。見極めなくては」 「不穏て……」 「婚約者でもないのに王女に不埒な真似など、死罪です」  厳かな顔を作って宣言してみせる隼に、昂は抗弁する気力を失くした。 「大変そうだねぇ」  夕が蜜茶をすすりながら、しみじみと言った。 「わたし絶対、外の男を好きにはならないわ」  陽も隣で頷く。 「初恋だろうにねぇ」  昂が「お前らなぁ」と文句を言いかけたところで、信が「ところで」と昂を止めた。 「お前、生業(なりわい)は決まったのか?」  昂は父親の顔を見た。その顔はどんな表情も浮かんでいなかった。  ただ訊いている。  うるさく鳴り始めた心臓を宥めて、昂は話し始めた。 「俺、商人になろうと思う」 「商人?」  夕が首を傾げた。 「うん。キースさんみたいな商人。針森には商人がいないだろ?外から来た商人に売るだけだ」  昂はこっそり信の顔を窺った。耳を傾けてくれている。 「そうじゃなくて、村の商人として、村の品を外の世界で商いたいんだ。村の品の良さは、村の人間がよく分かっている。俺が商人として、村と外を繋げたい。ガザで行商している商人のおっさんと仲良くなったんだ。その人に、商いの仕方を教わろうと思う」  昂は一気に話すと、息をついた。  隼が「おおっ」と合いの手を入れる。 「良さんのこと?あの人は一癖も二癖もあるけど、笑っちゃうくらい良い人だよね」  信がフッと笑った。それが笑い声だということに、昂は最初気が付かなかった。 「いいんじゃないか、商師(あきないし)か。お前らしいよ」  そう言うと、またおかしな顔をして、フッと笑った。 「それにしても、俺とお前、同じような人生送ってるな」  信に言われて、昂は目を(しばた)かせた。 「俺が?信と?どこが?」  聞いていた蘭もふきだした。 「後は、その燦とうまくいくといいわね」 「うん……」  昂は素直に頷いた。  この間、久しぶりに夢を見た。  燦は化け物の被りものから、すっかり顔を出して、のっしのっしと歩いていた。化け物の皮というよりは、もう着ぐるみと言っていいかもしれない。脱ぐことは出来ないらしいが、それはそれでいいような気がした。 「でも、燦は空が好きなんだよ」  言うつもりはなかったが、ぽろりと口に出してしまった。  たちまち、皆が驚きを口にした。  隼だけがしたり顔で頷いている。 「不毛な恋だけどね」  報われることのない恋。
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