エピローグ

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 大神殿の一室で、昂たちは手当てを受けた。一番重症だったのは、昂ではなく、空であった。火傷は深部まで達し、面積も広かった。ひどい火傷を負った直後に動けることは、よくあることらしい。痛みを感じないからだ。  空は生死の境をさまよったが、もともとの身体の強さからなのか、次第に回復に向かった。しばらくして、起き上がれるようになると、先に回復していた昂に、行きたい場所があるとせがんだ。  燦と彩は、良と共に先にガザに帰っていた。完治したのに、いつまでも他国にいるわけにはいかない。しかもこんな事態に巻き込まれたのだ。国からは、急遽帰国するよう伝令が飛んできた。昂だけが、針森の人間だからと残っていたのだ。  空に肩を貸し、空に言われるまま、神殿の中を進んでいった。  長い廊下を抜けると、突然庭が現れた。建物に囲まれるように広がっている中庭の一角に、小さな建物があった。何の建物か分からない。中はもう空っぽで、ただ白かった。  空は中に入ると、座り込み、ぐるりと建物の中を見回した。 「何も残ってないな」  そう言ったきり、目を閉じて黙り込んでしまった。 「空」  瞑想でもしているような空に、昂はそっと呼び掛けた。  どうしても聞きたいことがあった。  空はゆっくり目を開けて、昂の方に顔を向けた。 「空はいつ凛の事を好きになったの?」  報われることのない恋。  空には唯一でありながら、その恋は最初から叶わぬものだったときく。凛がガザ王と結ばれたからだ。  だが、それからずっと、空は凛のことを変わらず愛し続けている。  空は微笑んだ。 「凛の為に初めて人を殺した時」  空は震える腕を持ち上げて、一角を指さした。 「ちょうど、あそこだよ。凛は刺客に殺されそうになった。俺はだから、その人の首を切った」  昂は二、三度瞬きをした。 「その人は、凛の友達だったよ。凛は咄嗟に、俺が切り裂いて血が噴き出ている傷口を、泣きながら必死で抑えていた。でも、途方に暮れている俺を見て、こう言ったよ」 「助けてくれてありがとう、って」  泣きながら、その死を止めようと血まみれになりながらも、殺してくれてありがとう、と。 「俺はその時から、ずっと凛について行こうって思ったんだ」  空は微笑んだままだった。哀しみを湛えたままでも、人は微笑むことができるのだと、昂は初めて知った。 「でも、やっぱり耐えられなかったのかな。俺じゃない奴と結ばれて、その娘が俺のことを好きだと気が付いた時、いたたまれなくなったんだ」  微笑みが崩れ、その顔は情けなく垂れさがった。天才的な隠密などとはとても思えない、幼子のような顔。  昂は馬鹿みたいに突っ立っていた。  何を言っていいのか分からないまま、口が勝手に動いていた。 「空、凛のところに帰らないと」
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