エピローグ

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「じゃあ、明日また来るわ、凛」  盲目の少女は朗らかに手を振って、王妃の秘密の花園から、茂みのトンネルに消えた。その足で、今度は凛の娘のところに行くはずだ。  あの大神殿の災害での、彩の怪我はたいしたことはなかった。燦がガザに帰国するのと一緒に、彩もガザに戻って来た。  あの時の記憶はないらしい。ただ、目が覚めて、双子の奏が横で寝ていても、驚かなかったそうだ。何となく、会えた記憶はあったのだろう。  その奏が公国に留まる意思を示しても、彩は特に嫌がらなかった。 「じゃあ、わたしは凛と燦の所にいるわ」 と、勝手にガザ行きを決めてしまった。  一緒にいない方がいいということは、記憶がなくても、二人とも分かっているようだった。  彩はこちらに来てから、ガザの知識を習得するべく、意欲を燃やしている。王宮の書庫から本を持ち出しては、読んでくれと、凛や燦、櫂にまでねだっている。  そして、少し塞ぎ気味の燦の気分を晴らそうと、足繁く燦の部屋に通ってくれている。  燦は彩の存在がありがたいようだ。  あの、大神殿の災害は、当事者の彩本人より、燦にショックを与えたようだった。  しかし、このあいだ彩がそっと教えてくれた。 「それがどうも、今は違うみたい」  そうして、口の辺りをもぞもぞと歪ませて、にやけるのをなんとかこらえようとしながら、小声で言った。 「昂にもう会えないかもしれない、と落ち込んでいるみたいなの」  落ち込む自分に、驚いていたわ。  そう言うと、こらえきれなくなって、彩は笑い出していた。どうも、昂と燦がくっつけばいいと思っているようだ。  燦も彩も大丈夫だ。新しい日々に、足を踏み出している。  燦が公国で災害に巻き込まれたと聞き、それに空が関わっていたと知ると、炎は烈火のごとく激怒したが、燦が帰国し、空が庇ってくれたと愛娘の口から聞くと、怒りは収まってきたようだ。  針森からは、隼の報告が送られてきた。昂が商師を目指し、良のところに弟子入りするらしい、とそこには記されていた。燦はほどなく昂に再会でき、自分の気持ちを確かめることができるだろう。  後は……  誰かが茂みを通り抜ける音がした。  普段は音を立てないくせに、その誰かは、この茂みを通る時だけ、凛に分かるようにわざとガサガサと茂みを揺らす。  現れた人物に、凛は声をかけた。 「おかえり。公国に行っていたの?」  空はコクンと頷いた。 「凛、抱きしめて」  凛は目尻を下げ、握っていたキリュウの葉を握りつぶした。乾燥してカサカサになっていた葉は、あっけなく崩れ、砂のようにさらさらと草の上に落ちた。  凛は腕を広げた。  空は凛の腕の中に体を委ね、凛は空を抱きしめた。  空は凛の肩に(ひたい)をつける。 「ただいま、凛……大神殿に行ったよ」 「うん」 「もう終わりにする」 「うん」  二人は彫像のように、しばらくそのまま動かなかった。    サワサワサワ  風が揺れる。  茂みが揺れ、木々の葉が揺れる。  やわらかくそっと  二人の心も優しく揺らす。  傷は傷のまま  そっと風が撫ぜていった。  
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