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森には一人で入ってはいけない。何かあった時、助けを呼べないからだ。
針森の子どもたちは物心がついたころには、食べられる野草や実を教わり、森に入る。その時、最初にきつく言われるのがこれだ。
大抵は兄弟姉妹で森に入るが、昂の弟妹は兄を見捨てて、先に行ってしまった。
どうしたものかな。
誰か来ないかと、森の入り口でウロウロしていたが、朝の狩りには遅い時間であった。
「あれ、昂、こんな時間になにしてるの?」
声を掛けられ、振り向くと、大きな籠を背負った青年が立っていた。
「空!」
昂は喜びの声を上げた。空は村の薬師だ。針森の村には二人薬師がいる。一人は蘭の父である青。もう一人が空だった。といっても、親子ではない。薬師の後継者がいなかった青の許に、兄弟が多くて生業にあぶれた空が、弟子入りしたのだ。しかも空は修行中に村を飛び出している。戻って来たのは十年前で、十年も不在だった空を、青は何も言わず受け入れた。
なぜ飛び出したのか、どこで何をしていたのか、空は何も語らない。大人たちも、それほど問いたださなかった。
結果、空は真剣に薬師に取り組み、針森になくてはならない人になっていた。
「青は一緒じゃないの?」
昂が訊くと、空は頭をかいた。
「先に行ってしまったみたい」
なくてはならない人だが、こういう間抜けもたまにする。
「そういう、昂は?陽と夕は?」
昂もバツが悪そうに、森を指さした。
空は笑って、昂を促した。
「じゃあ、遅刻者同士、一緒に行くか?」
言うが早いか、空はもう森に入って行った。昂も慌てて、空に続いた。
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