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「え?生業?わたしは石師になるよ。矢じりを作りたいし、川師と仕事ができるし」
夕は結局、鳥は一羽も射落とせなかったようだ。それでも上機嫌だった。矢を射ること自体が、楽しかったらしい。
夕に生業の話を振ったところ、石師になるとはっきり言われて、昂は面食らった。
「え、お前、織師じゃないの?」
「やだよ。小屋の中で、ずっと織機と向かい合っているなんて、気がおかしくなっちゃう。大体、なんで決めつけてるのよ」
「……」
単純に織師の妹が可愛いと思ったなどとは、口が裂けても言えない。
夕は母に似て気が強く、父に似て容赦がない。
「静が川師になるからか?」
仕方がないので、別口から攻めてみた。
三人の従兄でもある静のことを、夕はよちよち歩きのころから好きだった。
川から水路を引いている関係で、川師と石師はよく一緒に仕事をする。
先ほどの気の強さとは一転して、夕は顔を赤らめて下を向き、ぼそぼそと言う。
「そういうわけじゃないけど」
そういうわけなのは、一目瞭然だ。
残るは……織師。なんだかなぁ。
機を織っている自分が全く想像できなくて、昂は顔をしかめた。
「昂が一番上なんだから、昂が最初に決めたらいいよ」
自分が釘を刺したくせに、陽がしれっと言った。弟妹の希望を横取りするほどには、心を決められていないことを見透かされている。
昂は腹立たしさと、自分のふがいなさに、舌打ちしたい気分だった。
「じゃあさ」
空が急に口を挟んだ。
「俺、ちょっとガザに用事があるんだ。お前も一緒に行く?」
何がじゃあさか分からないが、空の突然の提案に、三人は口を開けて空を見た。
「何しに行くのよ?」
「なぜ昂と?」
同時に声を上げて空に詰め寄ったのは、昂ではなく、陽と夕だった。当の昂は状況が把握できず、空を見つめるばかりだ。
昔は、村を出ることは死別と同じだと考えられ、縁故の者は永遠の別れに涙したという。それほどのことだった。
今はそんなことはない。商売で外と行き来している者もいるし、知識技術を深めに、外に出る者もいる。
現に昂の父、信は、村の外で石師の仕事をすることもあり、その時は何週間か村から離れている。
それでも、基盤は村にある。自分の村での生業を獲得し、生活の基盤を村に置いた上で、何かの目的があって、村を出るのである。
しかし昂は何者でもない。生業を決めてもいない。
そんな人間を、何をしに連れて行くのだ。
意味が分からない。
三人の反応ももっともであった。
「薬草を届ける用事があるんだけどね、一人で行くのは寂しいんだよね」
空は頭を掻きながら、子どもみたいなことを言う。だいたい、今までも空は外に出ていたが、いつも一人だったではないか。
そう言うと、ああ、まぁね、とバツの悪い顔をした。
「まぁでも、昂、煮詰まってそうだったから、ちょっと外に出てみたほうがいいんじゃない?」
「ちょっとって」
昂が呆れた声を出す。針森はガザ帝国とアウローラ公国の国境にある。そしてどちらの首都からも離れている。どちらの国にとっても辺境にある。一番近くの町に行くだけで、数日かかる。
ちょっとお出かけでは、村を出られないのだ。
昂は助けを求めるように、青を見た。青なら、ちょっと変わった弟子の戯言を窘めてくれるはずだ。
青は昂と目が合うと、少し首を傾げて言った。
「いいんじゃないか」
青がはっきりそう言ったのを聞いて、昂は意味が理解できなかった。
いいというのは、なにがいいのだ?
「お前は、外の世界を見てきた方がいいかもしれん」
青はそう言うと、薬草を摘む作業に戻っていった。
「来週には立つからさ、考えといてよ」
空は軽くそう言うと、師匠とは少し離れたところに籠を置き、薬草を摘み始めた。
昂たちはなぜか黙って、二人の作業を見ていた。
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