Ⅰ 孵化

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「え?生業?わたしは石師になるよ。矢じりを作りたいし、川師と仕事ができるし」  夕は結局、鳥は一羽も射落とせなかったようだ。それでも上機嫌だった。矢を射ること自体が、楽しかったらしい。  夕に生業の話を振ったところ、石師になるとはっきり言われて、昂は面食らった。 「え、お前、織師じゃないの?」 「やだよ。小屋の中で、ずっと織機と向かい合っているなんて、気がおかしくなっちゃう。大体、なんで決めつけてるのよ」 「……」  単純に織師の妹が可愛いと思ったなどとは、口が裂けても言えない。  夕は母に似て気が強く、父に似て容赦がない。 「静が川師になるからか?」  仕方がないので、別口から攻めてみた。  三人の従兄でもある静のことを、夕はよちよち歩きのころから好きだった。  川から水路を引いている関係で、川師と石師はよく一緒に仕事をする。  先ほどの気の強さとは一転して、夕は顔を赤らめて下を向き、ぼそぼそと言う。 「そういうわけじゃないけど」  そういうわけなのは、一目瞭然だ。  残るは……織師。なんだかなぁ。  機を織っている自分が全く想像できなくて、昂は顔をしかめた。 「昂が一番上なんだから、昂が最初に決めたらいいよ」  自分が釘を刺したくせに、陽がしれっと言った。弟妹の希望を横取りするほどには、心を決められていないことを見透かされている。  昂は腹立たしさと、自分のふがいなさに、舌打ちしたい気分だった。 「じゃあさ」  空が急に口を挟んだ。 「俺、ちょっとガザに用事があるんだ。お前も一緒に行く?」  何がじゃあさか分からないが、空の突然の提案に、三人は口を開けて空を見た。 「何しに行くのよ?」 「なぜ昂と?」  同時に声を上げて空に詰め寄ったのは、昂ではなく、陽と夕だった。当の昂は状況が把握できず、空を見つめるばかりだ。  昔は、村を出ることは死別と同じだと考えられ、縁故の者は永遠の別れに涙したという。それほどのことだった。  今はそんなことはない。商売で外と行き来している者もいるし、知識技術を深めに、外に出る者もいる。  現に昂の父、信は、村の外で石師の仕事をすることもあり、その時は何週間か村から離れている。  それでも、基盤は村にある。自分の村での生業を獲得し、生活の基盤を村に置いた上で、何かの目的があって、村を出るのである。  しかし昂は何者でもない。生業を決めてもいない。  そんな人間を、何をしに連れて行くのだ。  意味が分からない。  三人の反応ももっともであった。 「薬草を届ける用事があるんだけどね、一人で行くのは寂しいんだよね」  空は頭を掻きながら、子どもみたいなことを言う。だいたい、今までも空は外に出ていたが、いつも一人だったではないか。  そう言うと、ああ、まぁね、とバツの悪い顔をした。 「まぁでも、昂、煮詰まってそうだったから、ちょっと外に出てみたほうがいいんじゃない?」 「ちょっとって」  昂が呆れた声を出す。針森はガザ帝国とアウローラ公国の国境にある。そしてどちらの首都からも離れている。どちらの国にとっても辺境にある。一番近くの町に行くだけで、数日かかる。  ちょっとお出かけでは、村を出られないのだ。  昂は助けを求めるように、青を見た。青なら、ちょっと変わった弟子の戯言を窘めてくれるはずだ。  青は昂と目が合うと、少し首を傾げて言った。 「いいんじゃないか」  青がはっきりそう言ったのを聞いて、昂は意味が理解できなかった。  いいというのは、なにがいいのだ? 「お前は、外の世界を見てきた方がいいかもしれん」  青はそう言うと、薬草を摘む作業に戻っていった。 「来週には立つからさ、考えといてよ」  空は軽くそう言うと、師匠とは少し離れたところに籠を置き、薬草を摘み始めた。  昂たちはなぜか黙って、二人の作業を見ていた。
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