雨が連れてくるもの

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 彼女もまた座りなおして机に向き直る。憂鬱そうに視線をプリントに落とした。 「……これっていつまでだっけ」  菅野の言葉に、俺は「来週の水曜日」と返しながら鞄を漁る。明日までの課題を終わらせておきたいと思ったのだ。数学のテキストを引っ張り出した。 「水曜日か。もうすぐだね」  そう言うと、菅野はしばらく押し黙った。俺もテキストに計算式を書き始める。菅野は苦手だというが、俺は数学が好きな方だった。決まったやり方で解けばちゃんと答えが出てくれるのがいい。  シャーペンが動く音と雨の音が、静かに俺たちを取り囲んだ。  しかしテキストに向けていた集中力はすぐに途切れてきて、俺は眉間を揉む。雨のせいだろうか。部室に蔓延する雨音が、俺の胸にどんどんのしかかってくるような気がした。空からの水圧で溺れるのかもしれない。俺は浅い息を繰り返した。  ふと横を見ると、菅野は相変わらず頬杖をついてプリントを眺めていた。器用にクルクルとシャーペンを回しながら、時折小さなため息をつく。彼女の手で小躍りするシャーペンを見るのが、俺は案外好きだった。 「決まんねえの? 進路」  俺が真っ白なプリントを見ながら訊ねると、彼女は居心地悪そうに視線を逸らす。 「……進路って、なんなのかな」  菅野は両足を椅子の上にあげて抱え込んだ。体育座りのような恰好。行儀が悪いなんてたしなめるような人間はこの場にいない。 「なんかさ。たくさん選択肢があるじゃない。専門学校に行くとか、レベルの高いところ目指すとか、東京に出てみるとか」 「うん」 「でも、どれもぼんやりしてる。私が将来やりたいことって何なのか分かんないし、どれを選んだら正解なのかも分かんない」  膝を抱える菅野を眺めながら、俺は数学のテキストを閉じた。彼女の言葉は俺の心境とほとんど同じで、だからこそ慰めるなんてできるわけもない。ただ彼女は俺より幾分か生真面目な性格で、思いつめるところがあるのも事実だった。
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