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秋人くんと出会ったのは、バイト先の喫茶店だった。
一つ下の秋人くんは、近くの大学に二部生として所属していた。
ダメ元で受けたら、たまたま補欠合格した。そこの大学のネームバリューを取りたかったから、べつに二部でも行く事にしたんだ、と彼は話していた。
夜間学校に行く秋人くんは早番、そして昼間学校に行く私は遅番に勤務していた。
そのため、秋人くんという人物の存在は知っていても、なかなかシフトが同じになることはなかった。
ようやく、はじめて秋人くんに会ったのは、ある日、彼がバックヤードの壁に貼られた新しいシフト表を眺めていたときだった。
その日は忙しくて、秋人くんは授業開始ぎりぎりまで、残業をしたのだ。
お店が落ち着いてきたときに、奥にあるマニュアルを持ってこようと、バックヤードに引っ込んだ午後五時半。
私は、初めて秋人くんと会うことが出来た。
端整な肉付きの背中が丸まっている。整髪料で固められていない、無造作な焦茶色の髪の毛。わずかながらだが、目の周りには掘りのような窪みがあり、聞かされていた年齢より老けて見えた。
彼は制服のネクタイを緩めながら、新人として入ってきた私に話しかけてきた。
「これ、苗字なの。名前なの。」
秋人くんは、シフト表に新しく追加された私の名前を指差した。
そっけなく話しかけてきた彼の、照れているんだか、どうとも思っていないんだか分かりづらい、その流し気味の視線に釘付けになったことをよく覚えている。
「名前だよ。」
私は短く答えた。
「あさがおって読むの?」
「そのまま読むよ。花の朝顔のこと」
「珍しい。」
可も不可もない、という調子で言い残し、彼は更衣室に消えていった。
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