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久しぶりの秋人くんは、相変わらずしっかりと地に足がついていて、なで肩で、眠そうな顔をしていた。
「私の何がダメなんだと思う?」
「不倫して、女友達に愛想つかされている時点で、アサは終わっているんだよ」
終わってる。はっきりと言われたその言葉が、脳みそに侵食してくる。誰もオブラートにつつんでくれないのだと、改めて痛感した。
「でも、彼は奥さんと別れるって言ってたからさ。だから、私はまだ偉いでしょ」
「さあね。バレる前にやめただけ偉いんじゃない? だって、もし請求されたらさ、慰謝料払えるの?」
「また、他の人と同じこと言うんだね」
「俺は別にヤメろなんて言わないよ。好きにすればって感じ。俺、アサがお金ないってすがりついてきたって蹴飛ばせる自信ある」
「説教しかされない」
「説教はしてないよ。感想を述べてるだけ。俺の個人的な意見」
はっきりとした意見を述べる。付き合っていた頃と変わらないはずなのに、私は彼に違和感を覚えた。
「秋人くんも、普通の人間だな」
「そりゃ、そうだよ」
ポタリポタリと水滴が落ちるように、会話は味気ないキャメルの机に染み込んでいく。
彼の、昔と変わらない声の響きは、私を若くさせるし、同時に古くさせる。
私はしだいに秋人くんの目を見るのが恥ずかしくなり、肩のあたりで目を泳がせた。季節にしてはすこし厚い生地のカーディガン。皺の寄ったシャツ。
秋人はくんは卒業後、不動産で仕事をしていた。平日が休み。だから、ちょうど今日、暇を持て余していた。そう話してくれた。
私ははじめて、平日休みの今の仕事に、利点を見つけた。
細切れに、いまの仕事の話や、昔のバイト先のひとの話などを口にしたけれど、秋人くんから、恋愛の話はなかった。
私は秋人くんに、今までの恋愛の話をした。
もちろん、秋人くんとつきあっていたとき、何を考えていたのかも話した。
「それ、アサはさ、ひとのこと、好きになってないよ。自分のさみしいときにちょうどいいひとを選んでるだけじゃん」
秋人くんの言葉は、私に生えるわるい蔓をあやつって、からだを固くさせるようだった。
「私、ちゃんとひとを愛せるかなあ」
「アサの素直なところはいいんだけどね」
そう言った秋人くんのこと、どこか遠くて、冷たく思った。
少食でアルコールに弱い秋人くんと一緒だと、箸も喉も進まない。
あたらしくものを頼みづらくて、安くないお店のはずなのに、お会計は五千円を超えなかった。
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