天使と未練

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 顔をあげて目をみはった。いつ外したのか、狐のお面はなくなっている。そこにいるのは、ちょっと垂れ目でほんのりイケメンな少年。その優し気な顔にも、耳の後ろあたりにメッシュが入っている髪の毛にも、全部に見覚えがある。心の奥で発掘してきたばかりの顔が、すぐ目の前にある。 「さ、さとっぺ」  確信して声を掛けると、言葉もなく小さく微笑み返された。喉が鳴る。 「あのとき、素直になれなくてごめん。僕も君が好きだって、言えなくてごめん。ごめんな、さとっぺ」  二十年ぶりの懺悔。さとっぺの頬がふにゃりと緩む。目がいっそう垂れて完璧なハの字を形成した。 「おっそすぎだっての、バカ」  愛情溢れた声が懐かしい。心地よいと感じたはずだ。自分はこの声がなによりも好きだったのだから。 「怒ってる?」 「……怒ってないよ、ゴローちゃん」  涙の向こうの彼の姿が急速に霞んでゆく。  ……未練が消えたのか。  ああ、しかしこのまますぐに離れてしまうのは惜しい、傷つけたぶんの埋め合わせをたくさんしたい、ここで天使となって偶然でも待っていてくれた彼によしよししてあげたい、思い切り抱きしめたい、それから、それから……猛烈な勢いで思考を巡らせているうちに、霞んでいたはずの視界は次第に良好になり、彼の姿は再びハッキリと目の前に浮かび上がった。  流転の輪に向かいかけた瞬間に出戻ってきた僕に、明らかに驚愕した表情を向けてくる天使がかわいい。 「え、あれ?」 「あのう、さとっぺ。チュウしてもいい?」 「…………はあっ?」  だってしかたないだろ。心が思春期に戻った中年男の未練なんて、どう控えめに見繕ったって底なし以外ないんだから。
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