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天使と未練
「こちらがわかりますか。気分はどうですか」
突如広がった視界いっぱいに、狐の顔。「わっ」と驚いて飛びのくと、それは純日本風の狐のお面だった。背中には白い羽根が見える。
「悪くない、です」
「それはよかった。落ち着いて聴いてくださいね。あなたはもう死んでいるんですよ」
「ああ……それは、なんとなく、ハイ」
胸に痛みを感じて倒れて以降の記憶がない。それに、ここは明らかに地上っぽくない。全体的にもやがかかって真っ白で、狐のお面だけが妙に浮き出して見える。
ふと足元を見ると、自分自身も全身白ずくめだった。微かに透きとおってさえいるようだ。
「あなたには未練がありませんか? あなたは流転の輪から弾き飛ばされてここへ降りてきました。わたしは天使です。あなたの心残りを聴いてさしあげましょう」
生身の人間ではないはずの男の声が、やけに心地よい。自分よりずっと若者であろうはずの華奢な男が紡ぎ出す音に耳を澄ます。すると、長年閉じ込めて念入りに蓋をしてきたはずの記憶が、まるでボトル残量たっぷりのシャンプーのようにスルスルと溢れ出てきた。
「ゴローちゃん。オレ、ゴローちゃんが好きなんだけど」
「ん、知ってる」
あれは高二の春。昼食後のぽかぽか陽気に睡魔を注入されて頭は最高にぼんやりしていた。生暖かい風も最高に心地よい。
隣で一緒に寝転んでいる、さとっぺの声も心地よくて大好きだ。ちょっと高めでハスキーな独特の声。カラオケでロックな曲を歌わせると痺れるほどかっこよくて、高音になるほど逆に澄んで伸びるから、僕は密かにドキドキしていたものだ。女の子には聴かせたくない。聴いたら絶対、虜になってしまうから。
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