その男、桐生奏

1/1
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

その男、桐生奏

 振り返った先にいたのは、クラス1のイケメン、桐生奏だった。金髪が良く似合う男で、アシンメトリーの髪が良く似合う、ライオンのような男だと思った。良く見ると瞳も金色で、ハーフかなにかなのかと思った。整った顔立ちは、すれ違う女全員が振り返るに値するだろう。  しかし、だ。そんなモテ男な桐生が、俺に何の用なのだろうか。 「桐生か。どうしたんだ。俺に、なにか用でも?」  そう答えただけなのに、桐生は驚いたように目を見開いた。俺がそれを見て首を傾げている意味がわかったのだろう。少し慌てたように答えだす。 「あ、ああ!いや、相沢が俺の名前覚えてるって思ってなくてな」 「そうか?クラスの人間の名前を覚えるのは、その社会で生きていくに当たって、必要になるだろうから覚えただけだ」    ……少し、言い過ぎただろうか。俺はいつも無神経に言葉を出しすぎだと、向こうの友達に言われたことを思い出した。桐生のきょとんとした顔を見て、思わずそんなことを思ってしまう。すると、桐生の顔がみるみるうちに歪み、最終的に爆笑してしまった。思わずムッとした顔をしていると、ようやく笑いを治めた桐生は、涙を拭く。 「いやぁ、お前面白い奴だな。そんな長ったらしぃこと考えて、人の名前覚えてたのかよ。いやでも、お前ずっと教室でも無表情だったしよ。誰の話も聞いてねぇのかと思ったぜ」  気軽に肩を叩かれ、行こうぜ、なんて言われ思わず歩き出してしまう。なんなんだ、馴れ馴れしい。 「そんなわけないだろう。人の話は聞くものだ。それと、お前はなんで俺に話しかけてきたんだ。俺に用があったのか?」 「なんだ、偉い子じゃんー!って、あーそれな。いやなに、俺、ちゃんとクラスの奴ら全員と仲良くしてぇわけよ。つまり、お前も含めてな、相沢瞬」  思わず立ち止まってしまった。  俺と仲良く?こんな、桐生がいなかったら1人でずぶ濡れになって、誰もいない独り暮らしの家に帰るような寂しいやつをか。  …でも、フルネームを覚えていた。恐らく、クラスで印象最悪の俺の。だから…ほんの少しだけ、桐生を認めてやってもいい。そう、思った。 「相沢?おーい、大丈夫か」 「あ、あぁ、問題ない」 「てか、この傘妹のなんだよな。うわ、やべぇ超ちっせー!」 「お前は馬鹿か!それじゃあ、普通に濡れるだろう!」 「なんだよ、相沢っ、俺がいなかったらもっとずぶ濡れだったんだぜ!?」  入学式初日、雨には降られ、友達もできてない。ただ、傘もまともにさせない馬鹿でイケメンな知り合いはできた。…まあ、そんなに悪い日ってわけでもないだろう。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!