勘違い

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勘違い

 黙って俯いたままの俺を見て、桐生は顔を覗いてくる。今、恋心なるものを理解した俺は、恐らく耳まで真っ赤だろう。いくら、雨が降っていて傘が周りからの目を隠していて、薄暗いとしても、こんな1つの傘で隣り合っていたらばれてしまう。 「えっと…お前、まさか……「そん、なわけないじゃないかっ。俺は、男だぞ!?それに、それに、俺はいたってノーマルだ!!」  思わず大きな声が出て、自分でも驚いた。ほとんど自分に言い聞かせているようなものだった。 「いや、でもお前、顔、真っ赤だぜ?」 「違うっ!」 「いや、だか「違うって言ってるだろ!!」  自棄だった。雨の日でよかった。晴れの日にこんな大声出せない。  もう、こうやって帰ることもないだろう。いや、良く考えてみれば喋ったのだってまだ2回目なんだ。全然深い仲でもない。こいつが馴れ馴れしいから、俺がいつもボッチだから、近い距離まで踏み込んでくるこいつに勘違いしたんだ。 「……そうだ」 「え?」 「俺は別にお前のことなんか好きじゃない。桐生、お前もよく考えてみろよ。俺達はまだ、2回しか喋ったことがないんだ」  そうだ。二回しか、喋ってない。 「確かに二回しか喋ってねぇけど、それは…「だから!例え俺がお前を好きだとしても、それは勘違いで、だから、断じて俺はお前を好きじゃないっ!!」  もう冷えきってしまった顔を上げて、桐生をキッと見上げる。外の雨はまるで、俺たちの会話を隠蔽するカーテンのようで。不思議と、この会話は今日、この時だけのもののように思えた。  ちなみに、桐生はというと未だに呆けたように俺を見つめていて、俺は思わず笑ってしまった。 「ははっ、そんな真剣に捉えるなよ。それこそ、俺達はまだ2回しか喋っていない仲なんだ。友達、ですらないだろう。女子の恋愛だってもっと時間が掛かるもんだ。ましてや男同士なんてあるわけない」 「…けど、相沢。お前、顔赤かったじゃん」 「そんなの、お前みたいなイケメンに、あんな風に言われれば、誰だってその気がなくても、赤くなるんじゃないのか?確かに、赤くなったのは認める。けど、それがお前を好きに繋がるかと言ったら、それは違う。だから……もう、忘れてくれよ」  沈黙がおりる。軽く言えた。これが真実だ。今、俺の胸の中にある重いものは、きっと勘違いで、雨が上がれば軽くなる。桐生は顔を俯けていて、この暗い天気の中じゃ、どんな顔をしているのか分からない。なんでそんなに悩むのか、俺にはよく分からないが、どうにかなると考えるのをやめ、歩こう、と俯いたままの桐生を促した。
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