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愛相傘
バスを降りるとちょうど雨が降っていて、僕は持っていた傘を差して歩き出す。
最寄りのバス停から自分の家までは約10分の道のりだ。
数歩くらい歩いたところでドンッ、と急に右肩に何かがぶつかったような衝撃。最初は戸惑っていたけど、もうこれにも慣れたものだ。
「ちょっとお隣よろしいですかな?」
問答無用に侵入してきといて、わざわざそう尋ねてきたのは高校で同じクラスの傘倉さん。
「勝手にどうぞ」
来るだろうと分かっていたから、予めスペースは空けてある。だから僕は特段、何をするでもない。
ただ歩調を彼女と同じ速さに合わせて落としはするけど。
傘倉さんというのは制服をこれでもかというくらい着崩し、髪も明るく染めていて、普段は派手目なグループに属している女子だ。
だから真面目に制服を着こなし、教室の隅で数少ない友達と談笑しているタイプの僕とは普段、クラスでもあまり関わらないのだけど。
1ヶ月近く前、今日と同じように傘倉さんが僕の傘に入ってきたのがキッカケで一緒に帰るようになった。
雨の日の、この10分間の間だけ。
「今日は一段と雨が強いねぇ〜。梅雨入りって今日からだっけ?」
「梅雨入りはもっと前からしてるよ。傘倉さんが初めて衝突してきた時からね」
一緒に帰れるとあって2人の家は程近い。でも数件隣なだけで学区が違い、小学校は別々だった。
中学こそ一緒だったけどクラスが違い会話したことは一切無く、初めて喋ったのは高校に入ってからだ。
「そっか。知らなかった。私、天気予報とか見ないからね」
「見ないにしても天気が悪かったら傘くらい持ってこない?普通」
「私には影山くんがいるから大丈夫!」
「それ大丈夫って言って欲しくないんだけど」
影山、それが僕の苗字。地味な僕にぴったりの。
「ほら、傘って結構かさばるじゃん?傘だけに」
「10点」
「影山くんき〜び〜し〜。今の私の人生で一番会心のギャグだよ」
「今のが一番って・・・傘倉さん僕の影より薄っぺらい人生送ってるね」
なかなか辛辣な言葉を返すことが多いけど、僕にとってこの時間は幸せなものだったりする。
何せ僕は彼女の事が好きだから。まぁ身分違いも甚だしくて、口には出せないけど。
「あははっ。面白いこと言うね!漫才みたい。いっその事どっかの大会に出てみる?2人で」
「面白くないし出なくない。なんなら家から出たくない」
「ニートじゃん!」
とか言いつつも彼女はケラケラ腹を抱えて笑ってて本当に楽しそうだ。
女子っていつもつまらないネタとか会話で笑うけど、あんなに笑ってて疲れないのだろうか。
「でもさ〜。ニートよりか漫才師の方が良いじゃん。やってみようよ!漫才」
「嫌だよ。僕はそんな目立つところで生きてたくない」
「ん〜。じゃあバンドでも可」
「今の話聞いてた?」
傘倉さんは偶に人の話を聞いてない時がある。いや、聞いてはいるけど考えてないのか。
「じゃあ影山くんには将来の夢とかあるの?」
自分の案が却下され、何故かちょっとだけ不機嫌そうに問いかけてくる傘倉さん。
「将来の夢か・・・」
そんなもの考えたこともなかった。
ただ日陰でコソコソ生きていけたらとは常日頃から思ってはいるけど。
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