水溜まりが広がりそうな空模様にて・⑥

1/2
前へ
/30ページ
次へ

水溜まりが広がりそうな空模様にて・⑥

 女子高生たちの威勢の良い掛け声が響き渡り、竹刀を打つ音や、振る音が聞こえる中、みもり達は、天女指定の体育用のジャージに着替え、剣道部の顧問に促され、剣道場へと足を踏み入れる。  その中では、防具をまとった少女たちが、一糸乱れず、竹刀を振り打ち込みの練習をしていた。  腰に垂れ下がる名札のようなものに名字が書かれている。これなら、面を着用していても誰が誰なのかわかりやすい。  みもりは、入り口に近いグループは3年生なのか、打ち込むフォームも美しく、みもりは思わず見とれてしまった。奥の方へと視線を移すごとに、元々やっていた人と、始めて間もない人のバラツキがみえ、まだ経験が少ないのか、素人目で見てもようやくフォームが整い始めたのではないかと思える人や、まだ、ぎこちないなと思われる人も見かける。  すこし、微笑ましくも思えた。 「……あら、……『まぁ(・・)』も竹刀……? ……ああ、そうよね、『剣道』部……ね……」  隣で、意味深に江梨華が呟く。『まあ』という聞きなれない言葉。と、江梨華の幼馴染と言われた彼女のフルネームを思い出す。  (そうか、『まあさ』さんか。だから、『まあ』か)  そういえば、江梨華が、真朝をフルネーム以外で呼ぶのは、みもりは初めて聞いた。本人を目の前にしても、呼んでいなかった。やはり、幼馴染の間柄を思わせる、親しい愛称。だからこそ、二人の間に亀裂が入っていると思えるのは、何か、悔やまれた。  ----お節介かもしれないけれど、出来るなら仲直りをしてほしい。  しかし、江梨華にとって、真朝が竹刀を振ることに不思議に思っていたのは、何か、お互いしか知らないことでもあるのだろうか。いや、これ以上詮索しようにも仕方がない。と、みもりは思考の中から、視線の先へと意識を戻す。  そこで、一年生グループの中でも、頭一つ飛びぬけて綺麗なフォームで打ち込む姿に目を奪われた。  垂れ下がる名字も『時任』の2文字。間違いなく、あの事件にて、会長が評していた『一年の剣道部きってのスーパールーキー』であると一目でわかる。あの放課後では、構えてから振り下ろすまでが一瞬だったので気づかなかったが、改めて打ち込む姿だけでも強豪に思えた。  いうまでもなく、以後の練習でも足さばきなど、みもりでも勉強になる体の使い方をしており、息を飲むばかりだった。   「やっぱ、あの子、強い」  みもりは、思わずつぶやいた。思わず、拳を握る。視線の先の彼女の言葉にのれば、このまま入部してしまうのもよいのかもしれない。しかし、みもり自身、考えてしまう。   ----私は、私が目指したい場所と、彼女は彼女で到達したい場所は、同じ場所(ところ)なのだろうか。    練習試合が始まった。一年生は見学が多い中、ただ一人、美澪だけが先輩方に交じって試合に参加をしていた。今回は、団体戦である。5人一組で行われ、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順に1対1で行われていく試合である。  件の彼女は、次鋒を務めているようだ。みもりは、美澪とのいつかの雑談の中で、次鋒についてこう言っていたことを思い出す。 「次鋒ってね、その5人の選手の中で力量が少し不足している人が選ばれがちなんだ。だけど、ボクは、それは少し違うと思っている」 「どういうことなの?」 「あのポジションで、先鋒からもらったバトンを次に、繋げなくてはならないんだ。いうなれば、先鋒が勝ったなら、そのムードを後ろに渡さなくてはいけない。もちろん、もし先鋒が負けたとしても、勝つか、引き分けでムードを戻さなくてはいけない」 「なるほど、思ったよりも責任重大なんだね」 「そうなんだ。次鋒が負けたから、団体戦でグズグズになって負けてしまうということも多いんだ。だから、ここを落としてはいけない。そのために、負けられない」  美澪が、今、面をかぶり、その責任を持って試合に立つ。  相手は、2年生。先輩だ。  校内の練習試合であるなら、そこまでプレッシャーは感じないであろう。けれども、真剣さはひしひしと伝わる。2歩で試合場に入りお互いに礼。試合場の中心へと、3歩で進み、膝を開いて深く曲げて腰を落とし、かかとを上げた形で上体は直線のようにぶれない姿勢。いわゆる、蹲踞(そんきょ)と呼ばれる。みもりも、師匠からその姿勢について、教えられており、覚えていた。 「始め!」  ともに、両者立ち上がり試合開始。一試合、二本先取。面、胴、小手を的確に決められたら、一本となる。的確に決めるというのも、また難しく、当てるだけでは一本とはならない。当てるまでの形の綺麗さ、当てた瞬間の掛け声、当てた後の所作も加味し、総合としてみている審判達が判断し一本となる。  相手からの掛け声とともに、先制攻撃が来る。しかし、美澪はそれを防ぎ、(つば)ぜり合いに持っていく。間合いを、狭め、相手にスキをつかせず、かつ美澪も、向こうのスキを(うかが)う。足を動かしつつ、お互いに細かく牽制をしあい、じりじりとした攻防が続いていく。ここで、美澪が下がり、切っ先を先輩に向け、いつでも防げるように注意をしていく。  みもりは美澪の竹刀に、空気の渦がまとわりついたように思えた。  瞬間、先輩の突きが迫る。突きをはじき返した一瞬のうちに---- 「面!」 ----美澪の竹刀が先輩の面を打ち抜く。目にもとまらぬ早業。ばっと、審判役の生徒は、3人一斉に美澪側の旗を揚げた。  一本だ。 「早っ…!」  隣の元子も驚いていた。たぶん、これが真の彼女の本気なのだろう。本当の強さをまざまざ見せつけられたみたいだった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加