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水溜まりが広がりそうな空模様にて・⑦
どんよりとした天気の中、そろそろ暗くなりそうな公園にて、みもりは一人待っていた。今日はあいにくの曇り空。そろそろ、雨が降るらしい。梅雨の季節なら仕方ないと思いつつ、その後に、来たる夏休みを楽しみにしていた。しかし、その前に立ちはだかる期末テスト。それを考えてしまうと辟易してしまう。そろそろ勉強を少し増やさなきゃだ、と思う。
「けど、美澪さんの最後のわがままって何だろう」
あの時囁かれたのは、『お願いだけど、明日4時ごろ、近くの公園に来てくれるかな?』という一言のみ。
今度こそ、つきあってほしいとか? いやいや、そんなことはない……気がする。
公園と言えば、元子と喧嘩、というよりも一方的に吹っ掛けられたのだが、をしたことを思い出す。あれが、きっかけで仲良くなっていったのだった。世の中、何が起こるかわからない。そういえば、最近は、女子力がらみで仲良くなった人が増えた気がする。
しかしみもりは、本当は女子力を暴力や喧嘩などで使いたくない。極論を言えば、そもそも女子力使いたくはない。今までは、人助けや身を守るための行動、そして悪さを止めるために使ってきた。だが、結局は力ずくだ。暴力や、喧嘩といわれるならそれは否定できない。そして、いつ獣の呼び声で、自身が好き勝手に人を傷つけたり、壊したりしてしまうかもしれない。事実、江梨華を止めた際、自分の『破壊』の女子力をほんのすこし解放しただけで、自らの体が江梨華を壊しそうになったのだ。
「大丈夫……だよね……?」
自分自身に問いかける。あの後は、不思議とあの獣の声は聞こえない。みもり自身も、極力、使わざるを得ない状況の際は、極力絞って使用しているが、それでも自ら湧き出る嫌な気配は出てこない。
――――待ち人来りて、空気鳴らす。
みもりは、空気が変わったのを感じて、体が多少震える。
来た待ち人は、木刀を下げて、みもりの前に立つ。
あの時は、竹刀だったが今度の得物は違う。それに、告白するにしても、少々血の気が多い。
「来てくれてありがとう。もしいなかったらどうしようって思ってた」
「ううん。何かなっと思ってきたから、それに……」
「それに?」
「ごめんね。美澪さん、やっぱり、私、剣道部に入れない」
「そうか……そうだよね。こちらこそ、ごめん。急にさそったりして」
「ううん。ただ、私は、器用じゃないから。間崎流の女子力……ううんカラテしかできないと思うから……」
「無理に誘っちゃったかなって思ったけど、それが聞けて良かった。うん、これが最後のわがままだ。みもりさん、ボクは君と力比べをしたい」
「……!」
(まさか、ここを選んだのって)
「なんで、ここへ呼んだか、ちょっと思い当たる顔してるね。そうだよ。君が、あの不思議な力を使って、ケンカしてたところだ。僕は見ていたんだよ。あの時」
「やっぱり……そうだったんだね」
「あの時の君は、かっこよかった。強く憧れた。そして、ボクとどちらが強いか挑戦してみたくなったんだ。変……だよね。それでも、ボクは、挑みたい」
空気の圧が重くなる。美澪は、上段の構えと似て非なる、霞の構えで向かい合う。
あれが、彼女の本気、剣道部で見た時と、まるで気迫が違う。
――――やるしかないのかな。
みもりは、彼女の言葉を聞いて迷っていた。もし、格闘家であったなら、嬉々として受けるであろう。けれども、みもりは格闘家ではない。女子力という不思議な能力が使えるただの女子高生だ。ほんの、実家が女子力の使用に長けているだけの。
しかし、挑戦を受けるべきなのか、辞めるべきなのか。
意識とは裏腹に、体は、みもり自身が得意とする構えになる。背筋を伸ばし、左腕を体の前に守るように出し、右腕はお腹の脇あたりにおいておく。足は、半歩前へ。全身に女子力の気をゆっくり循環させる。構えたのなら、勝負をうけるというポーズとなる。
「ボクが得物を持ってるなんて、卑怯だと思わないかな?」
みもりはかぶりを振る。むしろ、今までの在り方であれば、彼女の本気は、一本の得物を持った状態がそうだといえる。
それでもまだ、みもりは、ずるずると、戸惑う感情を引きずっていた。
木々のざわめきが2人の耳に伝わる。それが合図だった。
美澪は、みもりに向かって疾走する。まずは、牽制の一撃として、振り下ろす。
そこをみもりは、バックステップで避け、間合いを取る。しかし、リーチの差は一目瞭然。刀と比べたら、やはり素手の方では分が悪い。どうにか、相手の懐にもぐらなくてはならない。
そこで、みもりはワンステップで戻り、足払いを放つ。わかりやすかったのか、小さいジャンプで美澪は避け、顔に向けて木の刃を斬り付ける。しかし、みもりはそれを予測し、少し体勢高くし、片腕で受け止める。そして、もう片方の腕を支えに回し、押し返す。
美澪は体勢を崩した。みもりはそこを見出す。
(そこだっ!)
――――この戦いに勝利して、なんの意味があるの?
瞬間の迷い。感情に揺るがされる。気づいた時には遅かった。既に、美澪の構えは戻っていた。左足を大きく引き、横薙ぎに木刀を振るう。
「そういえば、みもりさんが戦っていた時阿賀坂さんがやってたようなこと、真似してみたら、案外できるもんだね。できないと思ってた」
と、みもりは、ギリギリ、木刀が及ぶ範囲から、逃れようとした瞬間、美澪が空を斬った空間から、空気で切り裂く『竜巻』が起こった。
間に合わない! すんでの差、みもりは竜巻に巻き込まれきりもみ状態で打ち上げられる。
「……!!」
まちがいない、これは女子力の気で生まれた風だ。肉体が切り刻まれる。余談だが、『かまいたち』というものは、肉体を切り裂くことすれ、衣服を切ることがないという。まさに、『かまいたち』そのものだった。
やはり、彼女も……?
「ボク、知らなかったよ。こんな不思議な力を持つ人たちがいるなんて。だからって、見ただけで、練習したら真似できると思わなかったけど」
脳天から、落ちようとする。けれども、なんとか、腕に女子力の気を回し、腕から着地し、ダメージを最小限にし、転がる。
そこから、片腕で、体を支え相手を見据える。向こうも、構えを解かず自分を警戒する。いわゆる、残心だ。
みもりは、目で女子力を意識する。
彼女の体中に、穏やかでかつ、力強い気が流れていた。総量は、普通の人よりも多い、いや、正に女子力使いの総量だ。
女子力使いは、二通りいる。生まれながらにして気の使い方を自覚し、理解しているもの。そして、もう一人、今まで能力を持ってなかった人が、精神的なショックや、大怪我等、身体や精神にかなり強い影響をうけた場合、女子力の気が増幅され、後天的に能力を会得するものがいるという。
まさに、目の前の彼女は後者だった。
みもりは、立ち上がったのちに、手のひらに女子力の気を集め、美澪に向かって地面を転がすように水平に投げる。その気は、美澪に向かって地上を進んでいく。
みもりは、それを追うように走った。
美澪は、下から上へと振り上げる女子力の剣の圧で、地面を這う、気のカタマリを打ち消す。その時、みもりが、空中に舞い上がり、一連、二連、三連と回し蹴りを胴体に叩き込む。3連目で、美澪が吹き飛んだ瞬間、バチバチと、みもりの足や腕から稲光が起こる。みもりの目は、少し生気を失っていた。
美澪は呻きながらも、すぐに体勢を戻し、みもりに向けて、面、胴、小手、突き、と4つの剣撃を相手に食らわせようとする。それを、みもりが無表情のまま、3つの攻撃を弾き、突きに対しては体を大きく回転させ、回避する。
そのまま、みもりは深く腰を落とし胴に向けてストレートを放つ。
美澪は、そこをすんでところで回避し、斬撃を打ち込む。
しかし、それをみもりはいともたやすく左手で止めた。
その後、美澪は、刀を返し、後ろに一歩で下がったあと、もう一度、木刀を振るい竜巻を起こし、みもりへと放つ。
みもりは、先ほどよりも、少し大きめの地を走る女子力で、かき消していく。
美澪は、笑みを浮かべる。
「やっぱり、強いや」
もう一度、木刀を構える。そして、後方へと長い距離を飛びさる。
みもりは、そうはさせるかとのように、一気に近づく。今度こそと。
美澪は、体勢を整えたあと、すきを窺うように相手を見据える。もし、一撃を与える瞬間があるというならば、攻撃に移る直前。こちらのリーチが届くギリギリの場所。
みもりは、あと、数歩のところで、瞬間、美澪を女子力で壊してしまう映像が脳裏に浮かんだ。
――――戦った先で相手を傷つけてしまうのって、そんなの、『あの時』と変わらないじゃないかな……。なら……
と、我に返った瞬間、
既に、美澪の木刀は、みもりの体に対し、力強く袈裟斬りに振り下ろされていた。
みもりは力なく倒れていた。
あたりは、土砂降りの雨が降っていた。
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