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どよどよとした曇り空の中で、夏服の生徒たちのおはようの声が響き渡る中、肩にかかるかかからないかの黒いミディアムへア―の少女、宮原みもりは自分の下駄箱を目の前に、戸惑っていた。
手に持つのは、一つのかわいらしい便箋。それも、ハートのシールで封をされた状態で。
「え?! ちょっと、まって。これって?! なんで?」
あまりにも、突拍子もない状況によりみもりはパニックになる。
それもそのはず、なんてことはない。みもりが、下駄箱から上履きを取る際、落ちてきたのだ。手に取った瞬間、ハートのシールでどういうものか理解する。いや、間違いでしょ、違うでしょ、あはは~、ちゃんとした人に返さなきゃ―と、表にひるがえした瞬間。
宛名は、「宮原みもりさんへ」と書かれていた。
「え、こういうのってあるんだ……。って、私なの?! なんで私?! だってここ……! ああ、いやいやいや、恋なんて千差万別。たまたま、その子が好きになった相手が私みたいな女の子だっただけだから……あはは、深呼吸しよう深呼吸」
と、一人、スーハ―スーハ―するみもり。
いつもより、口数の多いのは、あまりの出来事に脳の処理が追い付かず、オーバーヒートになりそうなところを、言葉にしているだけである。
ちなみに、こういう手紙は、初めてもらう。そして、多分、まず間違いなく学校から考えて、同性からなのも初めて。
いや、小学生の時に授業中にノートの切れ端で友達同士で他愛ない会話の簡単な手紙を回したり、もらったりしたこともあったが、ここまで本格的なものは経験がない。
「と、とりあえず、落ち着こう……。誰からだろう……」
なぜか、受け取った側のみもりが緊張して震える手。しかし、便箋を見ても、差出人の名前がない。多分、中身に書かれているだろうと、封を開けようとする……。
「みもりちゃん! おはよう~」
「ひっ?!」
とびっくりして、慌てて鞄の中に隠す。
そこには、榛名がやってきたのだった。
「あ、ハルちゃん。お、おはよう」
「どうしたの? なんか、びっくりしちゃって」
「え? あ、いや、何でもない! なんでもないよ~あはは~」
「ん? そう? 悩みとか? 何かあったら言ってね?」
「大丈夫大丈夫! 悩みとか、ないない~」
あまりの状況に言葉を繰り返してしまう。
別に、榛名に話してもいいかもしれないが、まだみもり自身の心の整理がついていない。それも、心臓もなぜかドキドキしてくる。
誰からだろうと気になりつつも、後回しにしたい気持ち。二律背反。アンビバレンツな気持ちというやつだ。
「あ、ほら、教室が待ってるよ!」と、恋文をもらったかもしれないという状況から逃げるように、榛名の手を引っ張ってしまうみもりだった。
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