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「はぁ? なんでこんな、天気悪いんだよぉ。まじ、イラつくぜ」
階段前の窓際で小麦色の肌をし、少しボタンをだらしなく外している夏服の少女はため息をつく。曇りだった天気は、しとしとと降る雨に様変わりしている。歩いて帰れなくもないが、駅まで帰るにはちょっと辟易するぐらいだ。
「わかるわー。梅雨の時期はホント気が滅入るよねぇ。晴れてくれないかなぁと思うよねえ」
と隣には、たぶん、先生であろう。カーキ色のパンツルックに公の場に出てもおかしくない白い上品なシャツ。そして、薄い紺色のジャケットを着ており、ロングな髪の毛を持つ女性が、小麦色の少女とおなじように少しうなだれている。
「だよな~。早く夏こねぇかなー。てか、櫻野ちゃんこんなとこさぼってていいわけ?」
「いいも何も、柄にもなく阿賀坂さんが、こんなとこでうなだれてるんだもの。生徒の相談に乗ってあげるっていうのも、先生の仕事よ」
「え、じゃあ、櫻野ちゃん。車のせてけー」
「い・や・だ」と、にっこりスマイル。
「えーいいだろー。へるもんじゃないしー」
「ガソリンが減りますー」
「うぇー、まじかよー」
と、他愛のない会話を続けている。このうなだれている少女こそが、美澪が見ていた、先の公園でみもりと喧嘩した件の少女その人である。
名前は、阿賀坂元子。通称、もっちん。女子力の能力はいまだ模索中。拳に女子力を固めた攻撃や、その応用で地面にぶつけることで文字通り遠くへと走らせることができる。
みもりが教室から出てくる。手には、あの手紙をもって。あの後も、まだ踏ん切りがつかないようだ。普段のみもりなら、少し悩んだりはしてもそこまでうじうじしないのであるが、かなり悩んでいるのも自身の体調か、それとも今日の天気のせいであろうか。
元子は、歩いてくる音に気づき、みもりだとわかるやいなや、
「お、ししょー。今帰り?」
「あれ? もっちん。うん、そうだよー。って、櫻野先生もいらっしゃったんですね」
「やっほー。お、宮原さんその手に持っているのは?」
「え、これはその…」
「それって、手紙だよな……? 今から出しにいくのか? それとも、もらったのか?」
「それが…。朝、下駄箱の中に入っていて」
「下駄箱!? それはもしや……青春だねぇ」
うんうん、と何か感づいたのか櫻野先生はうなずいていた。
「なんで、下駄箱に手紙なんかが入ってるんだ?」
「それはねぇ。思いを秘めた女生徒の揺れ動く感情をその人に伝えたいがために、辛く恥ずかしくもあるけれど、どうしても知ってほしいからこそしたためる手紙だから……」
と、櫻野先生が軽くトリップする中、
「あはは……。あれじゃないかな。直接言葉じゃ、恥ずかしいから、手紙書いて読んでもらおうってことじゃないかな?」
と、みもりの思うところを話していた。
「別に手紙書く方が、めんどくさくねーかぁ? 私だったら、直接言うぞ」
「なーんか、あなたがいうとカチコミに行くように聞こえるわよねぇ」
と、先生も口をはさむ。
「うっせ、カチコミってなんだよ! なんで、そっち方面に例えるんだよ!」
「しっかし、それラブレターでしょ。今の、IT時代のまっただなかにまーた、風流だよねぇ」
「ラブレターって決まったわけじゃないですから! 先生。ほら、ただ、ちょっと、かわいらしい便箋なだけですから」
「いやぁ、いかにも、ラブが詰まっている感じに見えるもんー」
と、先生は便箋を見ながら、朗らかに言う。
「てか、なんで、それがラブレターになるんだ? だって、ここ女子高……」
「阿賀坂さん、世の中にはいろいろな人がいるの。別に、女子高だとしてもラブレターが下駄箱にあったっておかしくないものよー」
「あはは……」
恋文、手紙、便箋。それがあったころに対して、反応は十人十色だ。だけれども、読むべき人に読まれていない、そう思うと、みもりは胸の奥がちくりとした。
「んで、ししょー。それ読んだのか」
「いやぁ、それが……読んでない」
「よし、わかった。私が代わりに読んでやる。かしてみろ」
「ちょっとー、阿賀坂さーん。それはデリカシーってものがなさすぎるでしょう! あと、プライバシー保護違反ダメ。あなた、数学とかすっごいできるのにこういう機敏なものには疎いんだから……」
「えっ!?」みもりにしては、意外な情報を知る。櫻野先生の担当は数学。その先生をしてまで、ほめられるということは、相当である。
「あ、ししょー。その顔は、意外だと思ってただろ」
「……、ごめん。正直に言えば」
「なんか、ちょっとへこむ……。まあ、ただ、数字とか扱うのが、得意ってなだけだよ」
「ねぇねぇ、彼女数学の点数何点だか知ってるー?」
「櫻野ちゃん、数秒前の言ってたこと忘れんな!」
と、みもりは耳元でこっそりと教えてもらう。耳元で聞こえたのは、もちろん、点数として唯一の3桁。高校の初めとはいえ、相当なものだ。
「ま、まあ、大したもんじゃねーよ」
彼女は彼女でよっぽど照れ臭かったのか、ちょっと顔を赤らめてそっぽを向いて言う。照れた顔が少しかわいく思えた。
「じゃあ、今度、女子力の流れを教える場合は%で教えた方がわかりやすい?」
「あー、そっちのほうがいいかも」
「じゃあ私は、いつかもっと難しい問題作ろうかなー」
と、先生はそれとなくつぶやいた。
「さすがに、それはやめろ!!」
「さすがに、それはやめてください!!」
と、2人の生徒は、危険を察知したのか、すかさず同時に声をそろえる。さすがに、生徒が100点取られたぐらいで次のテストを難しくされた日には、目も当てられない状況になりそうだ。
「おお、さすが、師弟。うそうそ、冗談冗談……かもねー。次の平均点次第かなー」
「よし、今度は点数わざとおとす」
と、元子は謎の目標を掲げる。みもりは、いや、そこは取れるんだったらとっといたほうがいいんじゃあと心の声で突っ込む。
ーーーーよし、決めた。
手紙の中身を取り出し、開こうとしたその瞬間、
「だーれだ~!」
と唐突にみもりの目の前が、真っ暗になる。聞こえてきたのは、みもりは知っているあの特徴的な間延びしたしゃべり方と声。あ、なんか、いい匂い。
……って!
「土岐子会長?! ですか?」
と、びっくり大声を上げる。
「せ~いかい~。みもりん、おどろきすぎ~」
と、振り返ってみれば長い綺麗なまっすぐな髪の毛のいかにもな和風美人、大和撫子という言葉が似合いそうな少女がいた。この人が、天女の現生徒会会長の水天宮土岐子という人である。入学してから、何かとみもりに目をかけており、先の集団ヒステリック事件でも、みもりと元子と一緒に事をあたったりもしていた。
「あらら? いつも一緒にいるお人形ちゃんが、今日はいないようだけれど~?」
「あ、りかちーは、オカ研? という人たちに捕まったらしくって……」
「ああ~!あの面白おかしいことを考えて、行動するあの子たちね~」
にこにこ~と微笑む会長の傍ら、
「え? 湊橋さん、オカ研に関わってるの?!」
と、実の担任の方は担任で驚く。どんだけ、あの人たちは要注意人物なんだろうか。
「あ、いや、なんか、一方的に捕まったみたいで……」
「まあ、変なこと起こさなければいいけれどね」
「え~、先生~。事が起こった方が面白そうだと思いますよ~」
「何かあった場合、その時は、生徒会も全面協力させるわよ」
「そうです。会長。それにまず、第一に何か起こされる前に事を防ぐべきかと」
と、今度は、凛とした、冷酷と思われるような言葉がかけられる。そこには、銀縁眼鏡をかけたショートミディアムにワンポイントとして、赤いヘアピンをつけている少女。彼女が茅場沙智という少女。この天女の副会長である。
「げっ、ドS眼鏡……」
「何か?」
ちなみに、このように元子は、沙智のことが少し苦手であったりもする。
「とりあえず、会長。目的を忘れないでください。そして、先生。そろそろ、会議の時間です。こんなところで油売ってないで、生徒会室へお願いします」
「えー、油売っててもいいじゃーん」
「それは、きっちり、責務果たしてからです」
生徒と先生の関係のはずが、見事に逆転している。どっちが、先生なんだろう。
そう思うや否や、いつの間にかみもりが手に持っていた手紙が消えていた。あれ、どこに落としたんだろうと慌てふためいていると、
「あらあら、この紙は何かしら~」
「ああ、会長! それはーーーー」
「『宮原みもり殿。貴殿にお話申し上げる。6月5日の放課後にて体育館裏で待つ』あら、筆で書いてあって結構達筆ね~」
「ああーーーー」
と、読まれてしまい、何か、恥ずかしいようなすっきりしたような感じだ。なぜか、穴があったらそこに顔を突っ込みたくなる。当事者だからだろうか。
だとしても、自分が書いたわけではなく、もらった側なのだがみもりとしても恥ずかしいものは恥ずかしい。
「みもりん? これ、果たし状~?」
と、会長は相変わらずのペースのままだった。
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