水溜まりが広がりそうな空模様にて・④

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            ***  みもりにとっては、ついに到来した日。これから何を言われるのだろう。相手からの気持ちを受けきれるだろうか。自分は、どう答えればよいのだろうか。友達でお願いしたいというのは、相手を傷つけないだろうか。いや、違う。もしかしたら、本当に果たし状なのかもしれない。  緊張した面持ちで、体育館裏へと向かう。  怖い顔していないかな、とか、どう私の解答を伝えようかとあれこれ考えているうちに目的地へと。    すでに、待ち人はいた。    竹刀を持っているのはいささか変わっている。しかし、それを抜きにしても、『凛とした』という言葉が似合う少女だった。遠くからでも、落ち着いていることはみもりから見ても手に取るように感じる。それは、彼女の部活動のおかげか、それとも、元々そういう気質なのか。本当に『果たし状』として呼んだんじゃないか、という雰囲気があった。まるで、侍。 「あの子は……」    そう、みもりは、既に彼女と会っている。多分、向こうは憶えていないだろう。なにせ、先の集団ヒステリック事件として片付けられたあの女子力の事件にて遭遇している。その時、向こうの彼女は女子力によって操られていた。  たしか、剣道部の期待のルーキーと言われていた。そういえば、よく廊下で村瀬真朝ともう一人ちょっと色っぽい女の子と一緒に三人でいるところを見かけていた。 「私が、知っててあの子は知らない……」  みもりは、会長と初めて会話した時と重なる。あの時も、会長は昔のみもりを知っているようなそぶりだった。今度は、みもりの立場が逆になったようだ。  心地よい風が、みもりの肌に触れる。日差しが弱くなったとはいえ、まだ汗ばむ気温。幾分か気持ちを和らいだ。  みもりは一歩、一歩と近づいていく。美澪の輪郭や、表情、所作などがわかる位置まで来た。まだ、少女然としながらも、目鼻立ちが整っている人だなとも思えた。   「宮原……みもりさんだよね」  美澪から会話の口火が切られる。 「あ、うん。宮原みもりです」 「お話しするのは初めてだよね」 「はじめまして(・・・・・・)……だね。時任さん……だよね」 「え! ボクの名前を知っててくれたなんて嬉しいな。手紙に名前書いて無かったよね? あまりにも、緊張してうっかりして書いてなかったんだ。うん、時任美澪です。美澪でいいよ」 「う・うん。美澪さんでいいかな……?」 「いいよ」  結構、緊張しいなのだろうか。緊張するってことは、つまり、本当にあれは思いを話すための恋文(ラブレター)なのだろうか。  そして、お互いに無言になる。みもりも、何を言えばよいのかわからず、また美澪の方も、いきなり切り出すべきか迷っていたようだった。 「あ、来てくれたのはうれしいな。来てくれないかもと思ってたから……」 「そんなわけ、ないよ。こんな、かわいい手紙をもらったんだもの。それに、手紙をもらったままそのまま無視をするのは、私には出来ないよ」 「宮原さんが優しい人でよかった……」  と、美澪は笑顔になる。 「いや、そんな……。あ、そうだ。みもりでいいよ。私も下の名前で呼んでるんだし」 「あ! そうだね。うん、そうだ」 「美澪さん、お話というのは……?」 「えっと、それは……」  と彼女は、恥じらうように顔をそむける。凛々しい少女が花も恥じらう表情をし、みもりはとまどってしまう。みもり自身、頭の中では散々シミュレーションしてみたものの、いざ実際の現場に立ち会うと頭の中が真っ白になる。 もう、パニックだ。 (どどどどど、どうしよう。この子だったらいいかな……。じゃなくて! どう、傷つけないでお友達として納得させるようか考えないと!!)  頭の中がフル回転し、オーバーヒート。さて、どう来る? どう出る? どうするの?  美澪は、意を決した表情でみもりを、真っすぐに見つめ口を開く。 「みもりさん。…あなたが、君が……ほしいんだ!!」  ほしい!? なんという、大胆な告白。好きだ。付き合ってくれ、ではなくほしいと来たものだ。みもりは彼女の『ほしい』といわれ、頭の中が爆発する。 「ほしい……ですか?」急な、敬語。 「うん」 「私を?」 「うん」 「えーっと、あなたのモノにはなれないかな……。けれど、お、お友達じゃダメ……かな?」 「モノにはなれない…? お友達?」  美澪は、キョトンとする。みもりの返答がそんなに意外だったのか、断られることを想定していなかったのか。もういちど、みもりは確認する。 「え?だって、私のこと『ほしい』って」 「うん……」 「あなたのモノになれってことだよね……」 「…………!!」  と、とたん、美澪は急速に顔が赤くなり、うずくまってしまう。 「ちちちちちがうんだよ!! そうじゃないんだよ! あでも、ボクとしてはお友達になってくれるのはうれしいんだけど!! そそそそそそそうじゃなくて!! ああ、穴があったら入りたい!!」    どうやら、美澪自身が考えていたことと、口に出していた言葉が相違していたようだった。相当、焦っている。いや、挙動不審だ。俗にいえば、キョドっている。 「あ、えっと、そうだよねー。あははー。あの、大丈夫……?」  とみもりは、うずくまっている彼女に近づく。美澪は、顔を上げた。恥ずかしさのあまり、涙目になっている。 「みもりさん。そうじゃなかったんだ。言葉が足りなかったよ」 「へっ?」 「ごめん。きっかけを言うとじつは、公園での出来事を見てたんだ」 「公園での出来事……?」  とみもりは、はっと気が付く。たぶん、高校に入ってからの初めての女子力の戦い。元子と戦闘した時の話だ。まさか、彼女に見られていたとは。 「それでね。あの戦いをみて、一緒に剣道部やってくれないかなって。あの体の使い方なら、剣道部で強くなれるかもって。みもりさんに同じ部活に入って欲しかったんだ」 「あ、そっち?! 部活の勧誘だったの?!」  にしては、手が込みすぎている。いや、美澪自身、初めて話すには勇気がいったのかもしれないのだ。そういう点では、告白でも部活の勧誘でも変わりはない。にしても、みもりも結構ドギマギしてしまったのだが。まあ、それは過ぎたことだ。 「えっと、どうしよっかなー」 「すぐにとは言わないよ。見学してから考えてもらってもいいんだ」 「そう、なら……見学かな?」 「うん。ありがとう。日付決まったら、教えて。部長には伝えとくよ」 「うん」  そして、美澪は安堵の溜息をつく。みもりもみもりで想定したよりも、穏便に済みそうで安心していた。 「そういえば!」  と、瞬間、美澪はばっと顔上げる。みもりはびくっとした。 「は、はひ?!」 「お友達になってくれるって言ってたよね」 「う、うん。最初は告白かと思ったから」 「あいや、誤解させてごめん。でも、うれしい。これからよろしくね」  そして、美澪は、ゆっくりと立ち上がり、竹刀を持っている方とは逆の手でスカートを払う。 「あ、時間もらっちゃってごめんね。ありがとう。あとで、アプリの連絡先渡すから。じゃあ」 「うん、また明日ね」  と美澪は笑顔で会釈をし、みもりが来た方向へと歩き出した。みもりも、彼女が歩く姿を視線で追う。剣道の所作のおかげか、歩く姿も(うら)らかに思えた。    みもりは、悪い癖だと思いつつも、彼女の女子力の流れを観察する。全身にバランスよく流れていることがわかる。しいて言うなら、手首の部分に多少流れが速くまた、量も多く見える。また、全体的に上半身よりも下半身に関して、やや多く流れているようにも思える。剣道というのは、竹刀の動きのため上半身が重要なのかと思いきや、下半身の動きが重要そうだ。たぶん、相手を打ち据えるとき、また相手の攻撃を受けるときに下半身が弱かったりすると、体勢崩しやすく思わぬスキを与えてしまうのかもと、考えていた。  すると、びりっと、みもりの背筋が揺さぶられる。彼女の下半身に女子力の流れが加速する。  瞬間、彼女は振り向き、こちらに向かって走り始めたかと思いきや、大きく跳躍し一回転する。そのまま、みもりにめがけ竹刀を凄まじい勢いで振り下ろす。   「え!? ちょっと待って!」 と、竹刀の軌道がみもりの頭上へと振り下ろされることを予想し、自らの腕を防御に使う。竹刀が頭に届く前に、それを両腕ではさみ、抑える。  鈍い振動が、みもりの両腕を貫いた。   「ごめんね。ちょっと試したかったんだ。やっぱり、ボクが思っていた通りだ。じゃあ、待ってるよ」 と、彼女は微笑みかけながら呟いていた。
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