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化粧の濃い女
店を出際、化粧の濃い女は傘立てに立てられていたビニル傘をごく自然に抜き取った。
私ってなんてツイているのかしら。
傘を差したやつが店に入って来てくれるなんて。
デートまでの時間潰しで立ち読みをしている間に、いきなり降ってきたのだ。
天気予報を見ていなかったのは私だし、折り畳みの一本も荷物に入れなかったのも私だ。
だけどいきなりふるって言うのは酷いんじゃないかしら。
かと言って、傘を買うのもばからしい。
ビニル傘なんて普段は絶対使わない。
そんなものに例え五百円でも払うのは嫌だった。
だからと言って、彼の前に濡れネズミで出るのもどうなのよ。
そう思っていた矢先だ。
ほんと、私ってばツイてる。
彼との待ち合わせにも間に合いそうだ。
化粧の濃い女は、金髪男が追いかけて来やしないかと、何度か後ろを振り返りながら足早に駅へと向かった。
電車は意外と空いていた。
ほうっと一つため息を吐きながら、化粧の濃い女はベンチシートの端っこに腰を下ろした。
他に客もいないので、ビニル傘は手すりに引っ掛ける。
今日は生憎の雨だけど、どんなデートを予定してくれているのかしら。
彼が既婚者なのは知っていた。
別に愛しているとかではない。最終的には慰謝料をふんだくってやるつもりなのだ。
その為には、後何回か事をしなきゃいけない。
正直相性が良いとは思っていない。
そこら辺は演技力でカバーしているつもりだったし、出来ているという手応えもある。
全ては金のためだ。
どうせ雨だし、いっそいきなり……ってのもありかもしれないわ。
化粧の濃い女は、そんな事をぼんやりと考えていた。
「八木花町~八木花町~。出口は左側……」
車内アナウンスに化粧の濃い女は我に返った。
「降りなきゃ」
彼女はそう言いながら慌ただしく電車を降りて行った。
後には手すりに引っ掛けられたビニル傘が残された。
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