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友達の作り方
「蓮司。宇咲くん。これ、来月から出す予定の新作。店の奢りだからどうぞ」
ハチミツ入りの洒落たラテがテーブルに置かれ、俺は恐縮して店長に頭を下げた。太った中年の店長がにっこり笑ってテーブルを離れて行ったところで、俺の正面に座っていた佐倉蓮司が頬杖をつき、言う。
「別に、友達なんて作ろうと思えばいくらでも作れるんだからさ。そこまで気にしなくてもいいと思うけど」
午後二時を過ぎてこれから混む時間帯であるはずなのに、蓮司はスタッフの権限で俺を一番見晴らしの良い窓際の席へと案内してくれた。普通なら似合いのカップルが座るこの席にこうして男二人で向かい合っていると、通りを歩く人達の視線がいやに気になってしまう。
「蓮司は社交性も人脈もあるからそう思うんだろ。俺なんて職場はオッサンばっかだし、飲みに行くって言ってもボロい焼き鳥屋とかばっかだし。何か最近、急激に老けた気がして仕方ないんだよ。みんな良い人だけど、だからこそ気が滅入るっていうか」
「休みの日は?」
「家で映画借りたりしてる。こないだ上司に誘われたと思ったら、地域の土手掃除ボランティアに参加しないかだってさ。そんなことしてる人間がいるのかってびっくりしたよ」
「いいじゃんか、ボランティア。心の優しい純粋な子との出会いもありそうだし」
他人事のように笑う蓮司に、俺はうんざりして溜息をついた。蓮司には分からないのだ。一日中、競馬やプロ野球の話を聞かされる辛さを。若者は総じて遊んでいるのだと決めつけられ、卑猥な冗談を投げかけられる面倒臭さを。
職場は小さな不動産会社で、俺は一般事務員として雇われている。日がな一日データ入力や書類の作成をしていて、事務所には俺以外に五人の社員がいるのだが、その全てが父親と同じ年齢かと思われる中年男性ばかりだった。流行りの音楽や映画の話もできず、懐かしのアニメや漫画の話も通じない。パソコンの扱いも新人の俺の方が慣れているといった有様で、「何もしてないのに壊れた」と両隣のデスクからせっつかれることもしょっちゅうだ。
身に付くのは肝心の業務よりも、愛想笑いや、世知辛い世の中への説教を聞く時の真面目な表情の作り方ばかり。良い面と言えば今のところ、以前のバイト先であった女子同士の派閥争いや、甘ったるい香水や恋人の愚痴などに巻き込まれずに済むことくらいか。
「精神が老化するんだよ。平日はオッサンに囲まれてる分、週末だけでも街に出て流行り物に触れていかねえと。宇咲だって高校の時は凄かったじゃんか、金髪だったし」
「うるさいな。だからこうして蓮司と会ってやってるんだろ」
「この後は?」
「飯食って帰る予定だけど」
「そうか。じゃあ俺も一緒に宇咲の部屋帰ろ」
「駄目。明日は早起きして部屋の掃除するんだ」
「つまらない日曜日だな」
あきれた、というように蓮司が肩を竦める。
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