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蓮司は俺の唯一の「友達」だった──高校二年の夏までは。あの頃の俺には友達と呼べる奴が大勢いたし、隣駅の女子校には文化祭で知り合った女友達もいた。中には俺に好意を寄せてくれる子もいて、付き合うかどうかの甘酸っぱい駆け引きを楽しんだこともある。
蓮司は見渡せばどこにでもいる友達だった。他に大勢いる仲間達と同じで、蓮司とだけ特別仲が良かった訳ではない。
そんな俺達がより一層「仲良く」なったのは、やはり友達でなくなる一線を越えてしまってからだろう。
蓮司とこうなったのは全くの偶然で、予想もしていなかったことだった。忘れもしない、夏休み前の補習を抜け出して旧体育倉庫に忍び込み、二人で煙草を吸っていた時だ。
気が狂いそうなほど暑かった。暑かったから制服を脱いで、制服を脱いだから妙な気分になった。俺も蓮司も初めてで、というか男同士でのそれを「初めて」とカウントして良いのか分からなかったけれど──とにかく、気付いた時にはタオルで汗と体液を拭っていた。
普通なら気まずくなるはずの出来事は、俺達の性欲を高まらせただけだった。回を重ねるごとに蓮司は男を抱くことに疑問を持たなくなり、俺は女みたいに扱われて男に抱かれることに違和感を持たなくなった。
かと言って、俺達は付き合っている訳ではない。卒業してから試しに短期間だけ付き合いはしたが、結局「恋人」としては続かなかった。快楽だけの関係だ。セックスフレンドとはよく言うが、セックスしている時点で友達とは呼べない。だから蓮司は友達じゃない。俺は勝手にそう思っているが、蓮司も恐らくそうだろう。
「俺は今週もクラブでナンパだ。宇咲も来いよ、俺が行ってる所は全然怖くないからさ」
「俺はいい。そういうノリ好きじゃないし、知らない奴とはヤれないし」
一応は蓮司が働いているカフェである。声を潜めて俺が言うと、ストローを咥えた蓮司が目を丸くさせてテーブルを小刻みに叩いた。
「馬鹿、ヤるだけが目的なんじゃないってば。普通に友達になったりすることもあるし、運が良ければヤれるってだけで。それに、もっと運が良ければ恋人として付き合える奴が見つかるかもしれないじゃん」
俺の気遣いなど全く気付かず、蓮司が大声で捲し立てる。
「声でかいって……! とにかく俺は行かない。クラブ通いしてる奴ってみんな遊び人だろ。そんな連中と友達とか恋人になったって、結局はヤリ逃げされるのがオチだ」
「すごい偏見。純粋に音楽を楽しみに来てる奴らだっているのに」
「毎週毎週、昨日は何回ヤッただの何Pしただのって聞かされてたら偏見も持つようになる」
確かに、と照れたように笑って蓮司が煙草に火を点けた。蓮司は生粋の遊び人だ。己の快楽のためなら知らない相手とでも関係を持つし、碌に相手の年齢も確認しないでホテルに行くこともある。いつか罰が当たりそうだ。傍から見ている身としては、他人事ながら心配になる。
「宇咲も来いって。一度あの雰囲気を体験したら、かなり世界観変わるぞ。月曜日も頑張ろうって気になれる」
「なれないね」
「少しは俺を信用しろ。あの時だって、信用してくれたから俺に抱かれたんだろ」
「もう黙れよ。とにかく俺は行かない」
頑として首を縦に振らない俺を、蓮司は「頭の固い今どきの二十二歳だ」とからかう。だけどそれでいい。下半身が緩いよりかは頭が固い方が、断然損をしないで済む。
「………」
本音を言えば、全く興味がない訳ではない。音楽は元々好きだし、人並みに性欲はあるし、いい相手がいれば遊んでみたいと思うこともある。蓮司の誘いに乗らないのは単純に度胸がないということと、クラブ慣れしているようなレベルの高い男達の前で恥をかきたくないという気持ちからだった。
俺は平凡でつまらない真面目な事務員で、蓮司は男女ともに好かれる洒落たカフェのイケメンスタッフだ。週末の過ごし方が違えば、住む世界も違う。セフレとはいえよく付き合いが続いていると思う。
「まあ、気が向いたら連絡してくれよ。いつでも歓迎だからさ」
とにかく今週は映画を借りて見ると決めている。蓮司が踊ったりナンパしたりしている間、俺はスナック菓子と発泡酒でホラー映画三昧だ。それが俺にとって一番の贅沢。取り敢えず今は、それでいい。時間なんて腐るほどあるのだから、今夜から明日にかけての僅かな時間を好きに過ごしたっていいじゃないか。
取り敢えず、取り敢えずは。
俺は何度「取り敢えず」と自分に言い聞かせてきただろうか。
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