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「宇咲くんは、サラリーマンなんだっけ。仕事忙しい?」
気まずい空気は嫌だと思っていたところに、ネオンが助手席から顔を向けて話しかけてくれた。深緑色のカラーコンタクトが似合う、彫りの深い顔立ちだ。
「不動産屋で働いてます。今はそこまで忙しくないですよ、春の引越しシーズンが終わって一段落ついたところです」
「どんな不動産屋扱ってるの? クラブみたいなでかいのも?」
「いえ、普通の賃貸ばっかりですよ」
「じゃあ俺も引っ越す時は、宇咲くんにお願いするね」
「あ、ありがとうございます!」
そんな俺達のやり取りを聞いていた偉音が小さく笑って言った。
「お前、引っ越す前に住む家持ってねえじゃん。寄生虫」
「失礼な。俺はフリーバードです」
それからネオンがお菓子をくれて、途中でコンビニに寄って飲み物を買ってもらって、だいぶ打ち解けてきたと実感できたところで……車が停止した。
「よし、降りろ宇咲」
駐車場を出て少し歩くとすぐに大通りに出た。晴れやかな水曜の陽射しの中、ちょっと高級そうな服屋やカフェが並んでいる。
行き交う人達も優雅なマダムやエリートサラリーマンといった様子で、大型犬を連れて散歩している老人もいた。そびえ立つ幾つものマンション──いや、億ションか。値段もかなり高そうだ。この街の不動産屋はきっと、俺なんかじゃ絶対取れないような契約もたくさん捌いているのだろう。
およそ俺には似合わない場所だった。かといって、偉音にも別の意味で似合わない。唯一こんな街並みが似合うとしたら、この中ではネオンくらいだ。
カッコよく着崩したシャツにビンテージっぽいジーンズ。長い脚、金髪に深緑色の瞳。ネオンは見事に街に溶け込んでいた。
偉音の方は土曜に見たのと同じようなTシャツと緩めのパンツ姿だけど、顔が良いのと高身長のお陰でネオンの隣を歩いていても何ら違和感はない。お似合いのカップルみたいだった。
やっぱり着替えに戻れば良かったな。俺だけこんな普段着に近い格好で、何だか凄く恥ずかしい。
しかもなぜか俺を真ん中にして歩くものだから、余計に縮こまってしまう。これなら二人のマネージャーみたく後ろから付いて行った方がまだましだ。
「ごめんね宇咲くん。ちょっと歩くけど大丈夫?」
「大丈夫ですけど、どこに行くんですか?」
「いいとこ、いいとこ」
含みのある言い方をされて不安になったけど、まさか今日これからいきなりステージに出されるということはないだろう。
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