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エピローグ
「お前、ふざけんじゃねえぞマジで」
あれから一カ月後、希望に頬を染めてイギリスへ発つネオンを偉音と二人で空港まで見送りをした……のだが。
「だって俺だって知らされてなかったもん」
見送ってから一週間経った今日。俺達は突然帰国することになったネオンを出迎えるため再び空港に来ていた。
偉音は我慢していたけれど、見送る時の俺の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていたんだ。それがたったの一週間で……あの時の涙は何だったのかという気持ちになる。
ネオンは日本でやっていたのと同じパフォーマンスの仕事をするつもりだったのが、誘われたオーディションというのが蓋を開けてみれば、何とドラァグクイーンのショーだったらしい。
ジャンルがちょっと違います。そう言って先輩の誘いを断ったネオンは、一時は現地で仕事を探そうとしたのだが──
「先輩が『あんたは絶対こっちの道の方が似合うのよー』って、ずっと追い回して来るんだもん。……先輩、あんなにカッコ良かったのに。会わないうちにギラギラの不死鳥みたくなってた。頑張って逃げて来たんだよ」
子供みたいに口を尖らせるネオンを見て、俺と偉音は同時に噴き出してしまった。
「……ごめんね、偉音。ウサちゃん。お騒がせして」
「いいんですよ! 偉音も俺も、やっぱりネオンさんといる方がずっと楽しいし!」
「まあ、お前らしいと言えばらしいけどよ」
呆れたように言った偉音の顔は、やっぱりどこか嬉しそうだった。
「ねえ、今度は三人で行こうよ。休み取ってどっか海外旅行しよう!」
転んでもただでは起きないネオンに肩を抱き寄せられた俺は、その提案に勢い良く賛成した。
「全部お前の奢りなら構わねえけど」
「えー、そしたら格安旅行だよ?」
ネオンが偉音の肩にも手を置き、その整った顔を近付ける。
「ウサちゃんと豪華スイートでプレイしたくないの? プール付きのホテルなら水中パフォーマンスの練習も出来るのに」
「………」
「ちょっと、ネオンさんっ! い、偉音も考え込むなって!」
俺は慌てて二人の間に割って入り、それ以上の会話をさせまいと声を張り上げた。
「飯! 飯行きましょう!」
「いいね。ご飯食べながら今後の打ち合わせでもしようか」
「それがいいです。ネオンさんも疲れてると思うんでどっか入って……」
「覚悟しとけよ宇咲。こいつにアイディア出させたらえげつないショーになるからな」
「えぇっ──?」
「よろしくねウサちゃん」
「逃げられねえぞ宇咲」
「うーん……」
青くなった俺の頬を、二人に両側からつねられる。偉音とネオンのそれは、初めて見た時とは比べ物にならないほど無邪気で悪戯っぽい笑顔だった。
「なあ、ウサちゃんの伝手で新しい部屋借りたんだろ? しばらく俺もお世話になるからよろしくね」
「やっとうるせえのがいなくなったと思ったのによ」
運命とは不思議なもので、こんな未来がくるなんて予想もしていなかったのに。
蓮司と出会い、不動産屋の仕事をして、あの日乗り気じゃなかったクラブに行って、偶然二階のソファに座って──
そんな些細なことの全てが、今の俺を作り出したのだ。そう考えると何だか感慨深いものがある。
「いいじゃん、三人暮らし楽しいよ」
「宇咲が言うなら構わねえけど。……ネオン、俺に黙って宇咲に手ぇ出すなよ」
「へえ。許可取ればいいんだ?」
「漏れなく3Pだけどな」
「俺はそれでもいいよー」
「て、ていうかまずは俺の許可を取って下さいよ!」
二人に両側をがっちりとガードされ、俺は歩き出す。まだ足取りは覚束無いけれど、二人が、偉音とネオンがいてくれるならもう迷うことなんてない。
「取り敢えずファミレスでいいか」
手に手を取り合い、俺達は歩き始める。
運命の道──そして、その先にある俺達だけの未来へと。
終
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