偉音という男

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「………」  フロアの天井から吊るされた巨大な鉄の鳥籠を模した檻の中で、二人の男が艶めかしく絡み合っている。片方は首輪を嵌め、もう片方が首輪から伸びた鎖を握っていた。たったそれだけのことだ。彼らはフロアの雰囲気をそれっぽく見せるための演出の一つで、このために雇われたダンサーに過ぎない。  それでも俺は、彼らから目が離せなくなっていた。二人は体格も似ていて、首輪をしている方が金髪の美人、鎖を握っている方は黒髪で東洋の男前といった雰囲気だった。  金髪首輪の方は裸に近いボンテージ姿で、黒髪鎖の方はウエストラインぎりぎりのストレートのレザーパンツを履いている。上半身は裸だ。彼らは酷く卑猥なのに、何故だか妙に美しかった。  黒髪が鎖を引き、金髪が跪く。そうして黒髪の長い脚に腕を絡ませながら徐々に体を起こし、伸ばした舌でヘソや腹筋を舐め上げる。完全に立ち上がった所で、今度は黒髪が金髪の首筋から鎖骨へと唇を落として行く。  まるでこの空間のためだけに存在しているかのような二人だった。というよりも、彼らは始めから空間の一部になっている。檻の近くで食い入るように二人の絡みを見上げているのはほんの数人で、殆どの人達は彼らの存在を気にも留めていない。彼らが空間の一部だからだ。 「綺麗だな……」  呟きは爆音にかき消された。だから俺は、自分でも呟いたことに気付いていなかった。 「宇咲、お待たせ! ほら水だ、飲め」  幻想は蓮司の声で遮られ、ハッと我に返る。 「気分悪いなら、二階行って休もうか?」 「ありがとう。でも平気だ、少し慣れてきたから」  一口水を飲むと、心なしか体の熱が下がった気がした。それでも周囲の熱は上がる一方だ。皆よくこのテンションを保ち続けられると思う。 「何、見てた?」  蓮司が俺の視線の先にあった例の檻を見て、「おお」と嬉しそうに笑った。 「いいな、俺も可愛いストリッパーと檻に入りてえ」 「ああいう人達って、金払わないと一般客は相手にしてくれないんだろ?」 「どうだろ。駄目元で見かけたら声かけてみれば。宇咲はあっちのワイルドなお兄ちゃんが好みなんだろ」 「別に、俺はそういうアレじゃ……」 「とにかく休憩がてら二階で飲もう。俺、座って一服したい」  ソファは別の集団に占領されている。仕方なく俺は蓮司に続いて階段の方へと歩いて行った。少しだけ檻を振り返った時、二人は互いの肩に両腕を絡ませて濃厚に口付け合っていた。
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