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パレヰド
僕が幼い頃の話をしよう。
「さあ、よってらっしゃいみてらっしゃい。これよりご覧にいれますは世にも不可思議奇妙な瞬間。神仏共も目を逸らし、獄卒衆すら裸足で逃げ出す、そんな刹那の摩訶不思議。さあさ、よってらっしゃいみてらっしゃい、泣かないやつはよっといで。吐かないやつもよっといで。奇妙なパレヰドはじまるよ」
チンやらシャンやら南蛮の楽器で珍妙なメロデイを奏でながら、そのパレヰドはやってきたのだ。
暗幕に包まれた大きな箱をぞろぞろと引きながらズラズラと進む行列に町のものも皆興味津々という顔で着いて行った。
そのパレヰドに着いて言って僕はそれはもう後悔とあの時止まらなかった自責の念に押し潰されかけたね。
あの箱の暗幕はほんの一寸、広場でほんとにほんの一寸だけ開くんだ。それが一度目に開いた時気絶する奴もいた。泣き叫ぶ奴もいた。逃げ出す奴もいた。 ただただ奇妙な人間と呼べるのかわからないモノが檻の中で呻いているんだから、当たり前だ。
今となっては人権やらなんやらの問題で絶対にできないだろうことが、あの当時はできたんだな。
もうその当時の僕は吃驚仰天したね。なんだあの化け物はと思ったね。
でもね、僕はその場から動けなかったんだ。皆が逃げ出す中一人だけ広場から動けずにいたんだ。ぽつんと佇んでパレヰドを見ていると、なんだか背の高い見るからに怪しい男が話しかけてきた。その男は座長と名乗った。
「坊ちゃん、よくここに残りましたね。私たちのパレヰドを見てくれてありがとう。ほら、これ持って帰りなさいよ。もう終いだからね」
そう言って座長は一粒のキャンデイを僕に握らせて去っていったのだ。 その妙に甘ったるい赤いキャンデイを舐めながら家に帰り、親に「あんなもの見て」と怒られたのを覚えている。
だがね、僕はあのパレヰドで見たことを微塵も思い出せないのだよ。 恐ろしかったはずなのに、なぁんにも思い出せない。人というものは恐ろしかった記憶をデリイトしていくとは聞くが本当だったのだね。 思い出せるのは一つだけ、あの妙に甘ったるいキャンデイの味だけなのだから。
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