第2章 新しい日々

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「これが、俺と朝飛が喧嘩した時の話と朝飛の元カノの話。話したの、二人目だけどやっぱり恥ずかしいな。」 「二人とも怒ることあるんだね。でも、そんな事があっても仲良くなれたなら良かった。長谷川って、彼女いたんだねー。だからか……」 「んっ、何かあったの?」 私は、長谷川にさらっと前に可愛いって言われた時のことを話した。佐藤くんは、話を聞き終わると、あー、なるほどと呟いた。 「佐倉が長谷川を好きになったきっかけの一つが、そういう風にさらっと相手を褒めるところだったらしいんだ。可愛いとか、似合うとか普通に言うんだ。ある程度気を許すと言うらしくて、本人は無自覚という天然さでね。」 「そうだったんだ。」 「まあ、桜空ちゃんは気にいられてるってことだよ。」 「だと良いなー。」 やっぱり、長谷川が良い人だから、その友達の佐藤くんも良い人だった。私は今日、勉強会に来てみて良かったと思った。 「そうだ。桜空ちゃんに一つお願いがある。真鍋華って、知ってる?」 「知ってるよ。同じクラスだもん。美人な子だよね。」 「俺、今文芸部に所属しているんだけど、桜空ちゃんが長谷川の彼女だって話したら、今度話してみたいって言ってたから、気が向いた時に話しかけてやってくれる?本当に可愛げないけど、根は悪い奴じゃないだろうから。」 「うん、分かった。真鍋さんって、佐藤くんと長谷川が喧嘩した話も知ってるの?」 「あー、俺が文芸部であいつと二人だけでいた時、一週間前ぐらいか。その時に話したら、最初の一言がガキねっていう言葉だった。それから言い争いが始まったんだよ。」 「でも、信頼しているんだね。あまり、過去の話って、信頼していない人以外出来ないでしょ?」 「まあ、そうなのかも。口が固い所は信じている。」 そう話していると、昼ご飯出来たよーという声がしたので、私と佐藤くんは下に降りていった。 下に降りて、テーブルの方に行くと、とても美味しそうなキムチ炒飯があって、長谷川の女子力の高さに驚いた。私が目を丸くして驚いていると、長谷川は笑って、凄いだろうと言った。炒飯は食べてみると、キムチの量がちょうど良くて、卵も美味しくて、私のお母さんに負けない美味さだった。 「長谷川、本当に料理上手なんだね。美味しい。私負けたー。」 「褒めてもらえて嬉しい。良かったら、今度教えるよ。山本なら、作れるようになるよ。」 「おー、ありがとう。そういえば、忘れてたんだけど、お母さんがババロア作ってくれたから、おやつに食べよう。」 そう言うと、二人とも目を輝かせてありがとうと言った。その反応を見て、私も嬉しくなった。 お昼を食べ終わった後は、30分ぐらい休んで、午後は私は日本史と英語、二人は物理と化学と英語を勉強していた。私の学校は、高二から授業が文系と理系で別れ、数II・Bはどちらも受けることになっている。文系でも、国公立を狙うとなれば、数学の知識は必要だから。私は文系で、二人は理系。二人は難しそうな問題を解きながら、あれやこれやと話していて、凄いなと思った。私は数学は好きだけど、物理や生物は嫌いだから、文系にした。一人、日本史と格闘し、人が覚えられないと思いながら、教科書とノートを必死に読み込む作業に没頭していた。 三時ぐらいになると、一旦休憩し、ババロアを食べた。久しぶりに、お母さんの作ってくれたババロアを食べたけど、美味しかった。二人も美味しい、美味しいと言いながら食べてくれて、持ってきて良かったなと思った。 それからまた勉強し始め、五時になると、そろそろ解散しようと長谷川が言って、私は帰ることにした。佐藤くんはそのまま家に残り、長谷川が駅まで送ると言ってくれたので、お言葉に甘えて送ってもらうことにした。方向音痴だから、実は迷うか心配だった。 「じゃあねー、桜空ちゃん。また会える日を楽しみにしておくよ。」 「じゃあねー、私も楽しみにしてるね。」 佐藤くんは上機嫌で、玄関先で手を振ってくれた。今日は楽しかったなー。久しぶりに、こんなに勉強したし。 「いつの間に、名前呼びになったの?」 「あー、何か気が付いたら。私、桜空って呼ばれる方が多いし、全然気にならなかった。」 長谷川はふーん、と少し面白くなさそうな顔をしていた。 「じゃあ、長谷川も私のこと名前で呼んで良いよ。」 「えっ、いやー、いきなり変えるのは慣れないだろう。」 「試しに一回、言ってみてよ。」 「えー……、桜空。」 一瞬ドキッとしてしまって、私はそのまま止まっちゃった。長谷川も段々顔が赤くなってきていた。 「ほら、だから慣れないだろう。自然と名前で呼べるようになるまで、このままで良いだろう。」 「うん。長谷川って照れると、口調悪くなるんだね。可愛い。」 「うるさい。」 私はくすくす笑って、楽しんでいた。いつからだろう、私も気が付いたら自然体で長谷川と接せられるようになっていた。一緒にいると、とても楽な人だと思うようになった。 「そういえば、俊とはどんな話をしていたんだ?」 「気になる?佐藤くんと長谷川が喧嘩した時の話と長谷川の元カノの話。」 「えっ?あいつ、口軽いんだから。後でしめるか。」 「そんなに怒らなくてもいいじゃん。私に聞かれたくなかったの?」 「出来れば……。だって、かっこ悪いだろう。それに……、山本は聞いて何にも思わなかったのかよ?」 「長谷川は優しいなーって。あと、男の友情って良いよね。ぶつかっても、ちゃんと仲良くなれるなんて。」 そう言うと、長谷川はそっかと少し寂しそうな笑みを浮かべながら、言った。私、何か気に障るようなこと言ったかな……。 「僕さ、時折思うんだよ。あの時、佐倉をちゃんと好きになれたら、僕は佐倉の欠点すら好きになれたら、あんな風に悲しませなかったんじゃないかって。まあ、佐倉には、僕と別れた一ヶ月後には、彼氏が出来たんだけどさ。」 「長谷川はさ、優しすぎるんだよ。きっと、君は何でも自分のせいにした方が楽なんだよ。でもね、片方が我慢を強いられる関係なんて良くないよ。それは、いつか破綻する関係だよ。だから、長谷川は悪くない。」 私はそう言って、長谷川の肩を叩いた。それは私の本心の言葉だった。長谷川は俯きがちに、うん、とだけ言った。私の言葉はきっと届いたよね。 喋りながら歩いていると、いつの間にか駅に着いて、私は改めて今日はありがとう、とお礼を言って、手を振って改札を通っていった。後ろを振り向くと、長谷川は笑顔で手を振ってくれてて、私はその姿を見て安心した。傷ついて、消えそうな姿より、笑ってくれる方が断然良いから。後で向葵にメールでも送ろうかなと思いながら、私は電車を待っていた。
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