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優しい傘
私が複数の女子からいじめを受けるようになったのは中二に進級してから些細なことだった。私がいじめの主犯格である宮村さんに話しかけられても上手く返せなかったというものだった。
宮村さんに目を付けられてからというものの、教室にいるだけで辛かった。女子たちから無視されたり、私が教師に名指しされて答える時に、複数の高い笑い声が聞こえてきたりした。私は誰にも言わずに我慢した。私が何もしなければ宮村さんも飽きて止めるだろうと思っていた。
しかし私が黙っているのをいいことに、いじめはエスカレートしていった。教科書や上履きが隠されたり、廊下を歩いている時に突き飛ばされもした。
体だけでなく、心の痛みが溜まってきていたが私は耐えた。両親は仕事で忙しくて相談できるような状況ではないからだ。
……が、私にとって限界を感じる出来事が起きた。朝登校すると私の机の上に花瓶が置かれていたからだ。
複数の女子が私を見て笑っている。でも私は凄く悲しかった。心が悲鳴を上げた。私に死ねと言っているようなものだからだ。
私は涙を目に溜め、学校を飛び出した。もう学校にいたく無かった。十ヶ月我慢したけど、もう駄目だと感じた。
雨が降り、私の体は雨に濡れるがお構い無しだった。傘は学校に忘れたが取りに行くなどできない。
「……っ……ひっく……」
雨に混じり、私の頬からは涙が止まらなかった。何でここまでされなければならないのか理解できない。
私が宮村さんと上手く話せなかったのが、そんなにいけなかったのか?
もう考えるのをよそう。いっそこのまま近くの川に飛び込んで自殺してやろうか、そう頭に過った時だった。
「ちかちゃん」
私がよく知る声が私の耳に届いた。声のした方を見ると、傘を差したおばあちゃんが私を見ている。
確かこの日は老人クラブに行く予定があった。今はそこに行く途中なのだと私は思った。
いじめが悪化してからは、心配かけまいとここの所会って無かった。
ちかちゃんというのは私の名前である千景を縮めた呼び方だが、今はどうでも良い。
「おばあ……ちゃん」
「どうしたの? 傘も差さないで、風邪ひくよ」
おばあちゃんは優しく声をかけ、私に傘を差し出した。
「う……ううっ……」
私はおばあちゃんの言葉が嬉しくて、私はおばあちゃんにしがみついた。
「わぁぁぁん……」
私はしばらく泣き続けた。おばあちゃんは何も言わずに、私の頭をそっと撫でる。
泣き止んだ私はおばあちゃんと一緒に、おばあちゃんが一人暮らしする家に行き、私にお風呂を貸してくれた上に、温かいお茶を用意してくれた。飲むと心が不思議と落ち着いた。
私は両親にも黙っていたことを、おばあちゃんに全て打ち明けた。誰かに話さないと自分が壊れそうになったからだ。
「それは辛かったね、ちかちゃんはよく我慢したよ」
おばあちゃんは私に寄り添うように言ってくれた。
「もう……私……学校に行きたくない」
私は絞り出すように言葉を発した。行くぐらいなら自殺する。
「辛いなら無理して行かなくて良いから、ちかちゃんのお母さんにはおばあちゃんが話しておくよ」
「う……うん……」
私は頷いた。
こんな形で知られたく無かったが、こうなった以上、もう成り行きに任せるしかない。
おばあちゃんは電話で私の母に連絡を取り、その日の夕方、母がこの家に訪れ、おばあちゃんの口から私の事を聞くなり、母は顔を青くして、私を抱き締め、今まで気づいてあげられなくてごめんね、と私に謝罪した。
それから二ヶ月後。
私はおばあちゃんの家に来て、インターフォンを鳴らした。少ししておばあちゃんが現れた。
「ちかちゃん……」
「こんにちわ! おばあちゃん!」
私は明るい声でおばあちゃんに答える。
私はおばあちゃんの家に上がり、おばあちゃんが淹れてくれたお茶を飲んだ。あの時と変わらない落ち着く味だ。
おばあちゃんの家には不登校になって以来、定期的に訪れてはお茶は飲むけど、味は変わらない。
「本当に学校に行くの?」
おばあちゃんは私のことを気遣うように聞いた。
「うん、春休みが終わったら学校に通おうと思う」
私は言った。
あれから私は不登校となり、その間両親が学校に訴えかけてくれたお陰で、私をいじめていた宮村さんやその取り巻き達は校長先生に叱られ、三年のクラス替えも、宮村さんを含む取り巻き達とは同じクラスにしないと約束してくれた。
不安はあるけど、私が学校に通う条件としは十分だからだ。
それに、学校を休んでいる間も、私の家には仲の良かった子が私の家に来てくれたのも通おうと思った理由に含まれている。来てくれた際、助けてあげられなくてごめんと謝ってきた。まあ宮村さんは女子の中でも恐れられていたのだから、逆らえなかったのだし仕方がない。
「おばあちゃんには沢山迷惑かけちゃったね」
私は申し訳なさそうに言った。両親が家にいない間、おばあちゃんは私に美味しい食事を作ってくれたからだ。
「そんな事ないよ、ちかちゃんが元気でいてくれるならそれだけで嬉しいよ」
「おばあちゃん……」
私の心は温かくなるのを感じた。
春休みを終え、私は再び学校に通い始めた。約束は守られており、私のクラスには宮村さんを含む取り巻き達はおらず、代わりに私の自宅に来てくれた仲が良かった子と一緒のクラスになり、私は学校が楽しいと感じるようになった。
これも、おばあちゃんがくれた優しい傘のお陰だと心から思った。
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