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とうとう日が暮れようとしていた。
康子は図書館まで探しにいったが、ここも空振りに終わった。
まさかランドセルが無くなって怒られると思って──
いや、もしかしたら家に帰ってきているかも。
帰っていれさえすれば笑い話で済む。母親たちの陰口など、もうどうでもよくなった。
六時になって、康子はとうとう夫に電話をかけた。
電話口の向こう側から今すぐ110番しろと怒鳴りつけられた。
十五分後
二人組の警察官が家にやってきた。
白い箱をつけたミニバイクが家の前に二台。向かいのマンションから住人がチラ見しているのがわかった。
「奥さん。詳しい状況をお聞かせください」
若い警官がいうには、すでに他の警察官が付近を探しているという。
一方で康子のSNSも頻繁に鳴るようになった。母親たちが一斉に動き出したのだ。
七時少し前──
夫が血相を変えて戻ってきた。
青白い顔の夫を見た瞬間、康子は泣き崩れた。
ごめんなさい、ごめんなさい。
頭ごなしに怒鳴りつけられると思った。
ちゃんと子育てできていない自分が悪い。ごめんなさい。
壮介は汗ばんだ体で靖子を抱きしめた。お互い触れたのは数か月ぶりだった。
「心配するな。香奈は必ず戻ってくる」
それから探しに行くと一言言い残し、壮介は家を出た。
康子から事情を聞いていた警察官の無線に一報が入った。
竹藪から子供の傘が見つかったという。
香奈の持ち物かどうか確認してほしいとのことだった。
ファストファッションの子供用傘
赤いりんご柄
名前は消えて見えなくなっている。
きっと加奈のものだ。
あんなに気に入っていた傘を置いて、あの子はどへに行った?
靖子は不安で今にも押し潰されそうだった。
確認のため、見つけた警察官が傘を持って自宅にやってきた。
ビニール袋の中に赤いりんこ柄の傘が入っていた。
靖子は崩れるように玄関に座り込んだ。
──ママ
遠くから細い声が聞こえる
ママ
『カナちゃん?』
近所の人の声で康子は我に返った。
カナ?
リンゴ柄の傘をさした子供が玄関先にいるのが見えた。
どこからともなく現れた香奈は、怯えた顔をして立っていた。
康子と目が合った瞬間、香奈はわーっと泣き出し、お漏らしをした。
一時間後。
家の周囲は波が引いたように静かになった。
壮介が康子に代わって、関係者全員にお礼と詫びの連絡を入れた。
香奈はどこでどうしていたか分からないが、ともかく自力で戻ってきた。
竹藪の傘は、動揺した康子が娘ものだと勘違いしたのだ。考えてみたら大量生産の傘などどこにでもあった。
翌日、靖子は香奈を休ませることにした。そして娘と向き合い、ゆっくり話を聞いた。
どうやら香奈は通学路の途中にある農家の鳩小屋にいたらしい。そこで鳴き声を聴いているうちに、暗くなるまで居眠りしてしまったようだ。
そして、
ランドセルについては、香奈の話では要領を得なかった。
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