下校 七歳の一人歩き

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下校 七歳の一人歩き

   おばさんが遺体で見つかった──。  今朝、康子の携帯電話に幼馴染みの母親が死んだとメールがあった。  死因は不明。    日課にしている犬の散歩に出かけ、そのまま帰らぬ人となった。雪道に足を滑らせ転倒。倒れた傍から雪が降り積もり、犬だけが自宅に戻ってきたのだという。  遺体は春の雪解けと共に発見された。  普段、幼馴染みとは、基本、音信不通。何かあった時だけ連絡がある。  そして、今朝がその何かあった時なのだ。  前触れなしの突然の訃報。  それも行方知れずになって二年が過ぎていた。    慌ただしい朝に、  一人格闘している最中に、  メガトン級の重たいメールが届いた。  これって事後報告すぎやしないか?    靖子はショックを与えた幼馴染みに憤った。  なぜ、今の今だったかは本人に聞いてみなければ分からない。  どうせ返信してもすぐには返ってこないのだから、康子は放っておくことにした。    洗濯機がもうすぐ終わる。  夫の弁当を作った残骸。  娘が食べ残した残骸。  溜まった食器を康子は急ぎ洗った。  いつも思う。  食洗器があったらなと。  そうだ。  おばさんの香典、いくら包んだらいい?  夫の給料日は一週間後。  パート代は生活費だ。  しかたがない。  靖子は貯めていた臍繰りに手を付けることにした。  現金書留で送ろう。  のし袋は百均で買うとして、  手数料がかからない時間帯におろそう。それから郵便局に寄り現金書留で送金。  ダメだパートがある。朝に寄る時間がない。  帰りは下校と重なるから急がなきゃならないし、買い物だって──  そうだ  この場合は、ご霊前? ご仏前?  亡くなった命日さえ分からない。  目の前のことに集中しなきゃならないのに、康子の頭はくるくると別の方向へと回り出す。  些細なことが気になり、友人の母の死を悼む余裕すらなかった。 『まいにちまいにちぼくらはテッパンのぉー』  背後から素っ頓狂な歌声が聞こえてきた。  康子は水道の蛇口を止め、振り返った。    食卓の下でひっくり返った赤いランドセルが目に飛び込んできた。  その傍でこれまた娘がひっくり返っている。  香奈ちゃん?  娘はぐずぐずとしている。  家を出るまで残り五分しかない。それなのに香奈は着替えようとしないのだ。  新学期が始まってからというものずっとこんな調子。 「ねぇママー作りたい。ねぇ、たい焼き! 作りたい!」  食べたいんじゃなくて?  作りたいときたか。 「香奈ちゃん。今はたい焼きじゃなくて、お洋服着なきゃ」 「まいにちまいにちぼくらはテッパンのぉー」  いったいこんな歌、どこで覚えてきたというのだろう?  靖子が知るのはずいぶん古い歌だということだけ。  昭和の懐かしのメロディーで聞いたくらいだ。しかも香奈が歌うのはこのワンフレーズだけ。 「まいにちまいにち──」 「香奈ちゃん、登校班に遅れちゃうよ」  康子は「早くしなさい」と言いたいのをぐっと堪えた。    そもそも家事を詰まらせたのは自分だ。娘を送り出し、家事にパート。  それなのにメールを見てしまった自分がバカだったのだ。  
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