下校 七歳の一人歩き

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   八時五十分  康子はパート先である洋菓子工房の二階にいた。  仕事は一日五時間のお菓子の箱詰め作業。働くきっかけは同じ小学校の、それも、それほど接点のない光ちゃんママの口コミだった。  そしてこの日もいつものようにロッカーで着替えてると、その光ちゃんママが寄ってきた。 「香奈ちゃんママー。香奈ちゃん、クラスで浮いてるって聞いたけんやけど、ほんまに大丈夫なん?」  えっ?    何のこと? 「咲ちゃんママから聞いたんやけど、休み時間に教室覗いたら一人でいたっていうから、もしかしてママ知らないんちゃう?」  強い口調でバッサリ切られた。 「あ、あの子何も言わないから」  康子はそう返すのが精いっぱいだった。  一年のときから仲良しのマヤちゃん。二年生になってもクラスが一緒だった。康子はてっきり仲良くやっているとばかり思い込んでいた。よくよく聞けば、仲良しのマヤちゃんは別の子にご執心だったのだ。  来て早々に出鼻をくじかれた。  一刻も早く帰って香奈の顔が見たい。康子は独りぼっちでいる娘を思い、いたたまれなくなった。  二時過ぎ、康子は大急ぎでロッカールームを出た。廊下で光ちゃんママとその仲間たちにすれ違う。 「香奈ちゃんママーお疲れ」  お疲れー  お疲れ香奈ちゃんママー  母親たちのテンションはいつになく高い。  康子は張り付いた笑顔を浮かべ、お疲れ様と言いながら足早に通り過ぎる。 「うちらの学年、自然学校でおらへんし、暇やからお茶でもして帰らへん?」  後ろからそんな会話が聞こえてきた。  タイムカードを押し、工房を出ようとした矢先、康子はベテラン社員さんに呼び止められた。 「佐味さんちょっと、これ、お子さんに」  差し出されたのは袋いっぱいの割れたクッキー。 「えっ? いいんですか?」 「本当はあかんねんけどね、もったいないし、お子さんに」  孤独な親子を気の毒に思ったんだろうか。  康子は情けなさも手伝って、涙を堪えるのが精一杯だった。声を詰まらせながら礼を言い、急ぎ工房を出た。        てっきりうまくいっているとばかり思っていのに。朝ぐすぐずしていたのは友達のせいだったかもしれない。  一年生のころはマヤちゃんと帰ってきていた。だが、二年生になった今はどうだろう。  独りぼっちで帰る娘の姿が容易に想像がついた。     三十分後、康子は自宅に到着した。  香奈は甘いお菓子が好きだ。  きっとクッキーを見たら喜ぶはず。    親子二人でクッキーを食べながら、嫌な出来事を忘れる日にしようと考えた。
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