41人が本棚に入れています
本棚に追加
八時五十分
康子はパート先である洋菓子工房の二階にいた。
仕事は一日五時間のお菓子の箱詰め作業。働くきっかけは同じ小学校の、それも、それほど接点のない光ちゃんママの口コミだった。
そしてこの日もいつものようにロッカーで着替えてると、その光ちゃんママが寄ってきた。
「香奈ちゃんママー。香奈ちゃん、クラスで浮いてるって聞いたけんやけど、ほんまに大丈夫なん?」
えっ?
何のこと?
「咲ちゃんママから聞いたんやけど、休み時間に教室覗いたら一人でいたっていうから、もしかしてママ知らないんちゃう?」
強い口調でバッサリ切られた。
「あ、あの子何も言わないから」
康子はそう返すのが精いっぱいだった。
一年のときから仲良しのマヤちゃん。二年生になってもクラスが一緒だった。康子はてっきり仲良くやっているとばかり思い込んでいた。よくよく聞けば、仲良しのマヤちゃんは別の子にご執心だったのだ。
来て早々に出鼻をくじかれた。
一刻も早く帰って香奈の顔が見たい。康子は独りぼっちでいる娘を思い、いたたまれなくなった。
二時過ぎ、康子は大急ぎでロッカールームを出た。廊下で光ちゃんママとその仲間たちにすれ違う。
「香奈ちゃんママーお疲れ」
お疲れー
お疲れ香奈ちゃんママー
母親たちのテンションはいつになく高い。
康子は張り付いた笑顔を浮かべ、お疲れ様と言いながら足早に通り過ぎる。
「うちらの学年、自然学校でおらへんし、暇やからお茶でもして帰らへん?」
後ろからそんな会話が聞こえてきた。
タイムカードを押し、工房を出ようとした矢先、康子はベテラン社員さんに呼び止められた。
「佐味さんちょっと、これ、お子さんに」
差し出されたのは袋いっぱいの割れたクッキー。
「えっ? いいんですか?」
「本当はあかんねんけどね、もったいないし、お子さんに」
孤独な親子を気の毒に思ったんだろうか。
康子は情けなさも手伝って、涙を堪えるのが精一杯だった。声を詰まらせながら礼を言い、急ぎ工房を出た。
てっきりうまくいっているとばかり思っていのに。朝ぐすぐずしていたのは友達のせいだったかもしれない。
一年生のころはマヤちゃんと帰ってきていた。だが、二年生になった今はどうだろう。
独りぼっちで帰る娘の姿が容易に想像がついた。
三十分後、康子は自宅に到着した。
香奈は甘いお菓子が好きだ。
きっとクッキーを見たら喜ぶはず。
親子二人でクッキーを食べながら、嫌な出来事を忘れる日にしようと考えた。
最初のコメントを投稿しよう!